魔女の激情

 ドミネに意識を裂き過ぎた。


 気付けば剣術部のドアにジャック率いる大会レギュラー勢と、その部員たちが集まってマギア達を見下ろしていた。


「貴様……これはどういうことだ!!」


 先輩からの注意を聞かず、憤慨したまま牙を剥くのはフラルだ。ドミネを背にかばうように彼の視線を切り、誰よりも早くジャック・ソルダムに噛み付こうとする。


「これはちょっとした行き違いだよ。1回生は大会を知らず、浮足立っていたからね。先輩としての指導さ。」


「指導!?馬鹿なことを!このような婦女暴行未遂、歴とした犯罪だろうが!」


「口の利き方に気を付けてもらおうかな。1回生のきみと、3回生の俺。いくら名家の娘とはいえ、英雄の子孫たる俺に立場上で刃向おうとするなんて愚行だよ。」


「ほざけ!英雄の子孫だろうが直系だろうが、犯罪は犯罪だ!」


 気炎を上げる、彼女の中にある善の尺度がこの行為は悪でしかないと叫んでいた。


「ふむ。確かに事情を知らぬ第三者から見ればこれは犯罪だね。それも途中から、第二者があたかもそうであるように演出してみせれば、第三者は同情し、第一者をまるで加害者のように見てしまう。仕組まれた構図だ。」


「――つまり?」


「きみは剣術部ではないだろうから知らないだけなんだ。これは歴史ある剣術部においての伝統行事。彼女はそれを拒否して逃亡した。部長であり、主将である俺はそれが許せない。それだけの話さ。」


「たかが独裁制度を3年続けただけで、もう法の番人気取りか!言い訳など見苦しい。部が許しても学園は許すまいよ。これは教官に報告させてもらう!」


「どうぞご勝手に? なにも証拠がないのに、教官は君より俺を信用するだろう、負けるとわかっていながら戦いに挑むのなら止めはしないけど。」


「………」


「そう、それが懸命な判断というやつだよ――済まないね、変なところを見せてしまった。ところで、ドミネさんを返してはくれないかな。まだ済んでいないことがあるんだ」


 フラルを口で負かしたジャックは、ゆっくりとドミネまで歩み寄る。


 ドミネは終始「イヤ!イヤです!」と泣き喚いてフラルに縋っている――尋常な様子ではない。


「そこで止まっていただけますか、ジャック先輩」


 其れに立ちふさがったのはサンケイ・グベルマーレ――三渓司だ。


 『ここだ。』と確信した。


 この展開を知っていた彼はマギアにいいところを見せようとこのイベントに便乗したのだ。


 そう言って立ちふさがる下級生を表面上優しくなだめるようにジャックは口を開く。


「いいや、そういうわけにはいかないんだよ。サンケイくん、君もわかるだろう、チームや組織には戒律というものが――」








「――。」







 ぴしゃりと良く通る声が響いた。


「え?……マギアさん?」


 その声を発したのは誰あろう1200年ぶりに友人を得た魔女だった。


 まるで吹雪が突然現れたかのように冷え切った声は全員の背筋に恐怖の冷水を注ぎ込んだように口論を一瞬止めて見せた。


「まったく……最近の学び舎ってところは道徳の教育をしないんですか?それとも発情期の猿に道徳はちょっと程度が高すぎますかね――ああ、ごめんなさい。ほおっておいて保健室に行きましょうね、怪我の具合を見ないと……」


 前半の底冷えするような声音と後半の友人への励ましの間に感じられる温度差はまるで太陽と氷河だ。


「えっと、マギアさん?勝手に彼女を連れて行かないでくれ、怪我ならこちらで――」


「――私は黙れと言いましたよ。信用できるとでも?」


「……少し落ち着こう。話し合えば――」


「私はこの上なく落ち着いてますよ――少しばかり呆れてもいますが。」


 言いながら立ち上がり、課のzょ脇から前に進み出る。


「だからきみは勘違いをしているんだって。」


。」


 冷めきった視線を相手に向ける――どうして言いつくろえると思うのだろう?


 目の前の友人の服はこんなにも乱れていて。


 この男の手には鉄の剣があって。


 彼女の目にはこれほどの恐怖がにじんでいるのに――なぜ?


 わからなかったが、わかりたいとも思えなかった――馬鹿の考えはいつだって単純な複雑さでもって賢者の頭を悩ませるものだ。


「別にね、私のカバンをゴミ箱にダンクシュートする程度のいたずらなら笑って見逃しましょう。先輩のロッカーにちょっかいを掛けて俎上の鯉みたいに震えるのなら好きにすればいい。ただ――」


 一拍言葉を切る――このまま喋ると、あの魔女の様に言葉だけで呪い殺してしまいそうだった。


「――これは許さない。許される理由もない。こんないい日に不愉快な……地獄の底で燃え尽きてしまえばいいのに。」


「……口が過ぎるね。きみは1回生だろう。今ここにいるのは俺たち3回生だ。この学園の規則を知らないのかな?侮辱は厳重注意で終わるだけだけど、俺たちの制裁は別にあるんだよ?」


「先輩一人倒すのに魔術が必要だった程度の人間の「制裁」で何を怖がるんです?」


 鼻で笑う――ここにいる程度の人間を全員ひねりつぶすのと、鎧をつけていないテンプスと戦うのなら後者の方がまだ怖いぐらいだ。


「今、不敬罪としてきみを制裁してもいい。」


 ぴくぴくと剣術部主将のこめかみが痙攣している――どうやらつつかれたくない話題らしい。


「しますか?ドミネと同じように。」


「それは違う、これは部の行事だよ。」


「へぇ?部の行事とやらでは女生徒は裸にされかかるんですか?ずいぶんと見下げた事……」


「語弊があるね。みな平等に、仲間であると証明を作るだけだよ。みんなやってる。」


「そのために脱いで肌を見せろと?へぇ……なら、なぜあなたたち男子は脱いでないんです?お母さんがいないと脱げないとか?」


 言いながら両手を叩いて見せる――子供をあやすように。


「ほら、知った顔がいますね。私のクラスの男子です。1回生への伝統行事なんでしょう?ほら、脱ぎ脱ぎしましょうねー」


 言いながら更に両手を叩く。それに意味はない、ただ、この男たちの価値あると信じる物を踏みにじってやりたかった。


「……あまり調子に乗っているとこちらとしても相応の対処を――」


「ガタガタ行ってないで来いよ腰抜け。」


 一瞬でおどけた雰囲気を消した彼女の声はそれとわからない程冷え切っていた。


「自分より強い人間に喧嘩を売る勇気はお母さまのおなかに忘れましたか?」


「……きみに俺たちが阻止できるとは、到底思えないが……そこまで言うなら――」


 言いながら、彼は剣を持ち上げて朗々と攻撃を宣言――


「――えっ?」


 ――いや、正確にはやったが意味をなさなかった。


 持ち上げた右手を振り下ろしたとき、彼はその手の中にある物の軽さに初めて気がついたのだ――


「――な、何が――」


「ひぃぃぃぃいぃ!」


 後ろで後輩が情けない声を上げるを聞いたジャックは何事かと振り返る――そこにあったのは驚くべき光景だった。


 


 中ほどからドロリと溶解したように分かたれた上半部が何かに押されて壁に突き刺さったのだ。おまけにその下には小さくはあるがひどくきれいな円形の穴が開いている。


『―――――――なにが―――?』


「――どうしたんです?」


 混乱する頭にしみるように冷たい魔女の声が響いた。


「――制裁、するんでしょう?」


 言いながらゆらりと歩くその姿は――まるで人を食う魔女のようだった。

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