間に合わなかった話

「へぇ。友達ができたんだ。よかったね。」


「なんですかその口調。まるで私が友達がいないボッチみたいに……不愉快です。」


「急にすごい怒るね……」


「……あなたのお兄さんにも同じようなことで驚かれました。」


「あー……」


 放課後、どこで聞きつけたのか彼女を待ち受けていたのはサンケイ・グベルマーレだった。


 聞けば、偶然通りかかったと言うが――どこまで本当か。


『まさか先輩……いや、それはないか。』


 首を振る、あの人のことだ、自分でついてくることはあっても弟を危険かもしれない場所に送り込みはするまい。


「それで?その友人とやらはどこにいるのだ?」


 そう聞いて来たのはアナモネ姉妹の


「剣術部……の部室棟の前でって聞いてますけどね。」


 なにをするのか知りたいと言うフラルに、姉が何をする気かわからないのでついていくと言うアネモス。


 ふたりを連れてマギアは友人を迎えに向かっていた。これには多少の打算もある――魔術関係でない教えを請わせるのなら、サンケイとフラルは間違いなく優秀な人材だ。


 そんなわけで、マギアは。


 この4人で行動するのは初めてで、元々フラル以外はおしゃべりなタイプでもない。どうやら気まずい沈黙に耐えかねたらしいサンケイが話を振った。


「友達ってどんな子なの?」


「明るくて元気。人気のある子ですよ。テンプス先輩とは大違いです。」


「おいお前。それはなにか?義兄上を馬鹿にしているのか?」


「いいえ、別にこれといって侮辱したつもりではないのですが」


「だが私には侮辱したように聞こえたぞ」


「それはそれは。大変な失礼を。でもテンプス先輩はこの程度、侮辱とも思わないでしょう?ねぇ?」


 言いながらサンケイに話を振る――黙らせられるのは彼だけだろうと判断してのことだった。


「いいや、それは侮辱だ。そうだろうサンケイ?」


「……喧嘩しないでよ、ふたりとも。」


 げんなりとしながらサンケイが答える。


 実際、ほかの人間にはわからぬことだったが三渓司からすればこんな痴話げんかに巻き込まれた経験もなかったし、巻き込まれたいと思たこともない――彼は基本的においしいところだけ知っていたいのだ。


「落ち着きなさいよ……マギアもあんまりお世話になっている人にそう言うことを言うものじゃないわ」


 脇で聞いていたアネモスが呆れたように口をはさむ、頭痛に耐えるように頭に当てた手が彼女の心境を示して見えた。


「むぅ……しかしだな……」


「しかしもくそもない、いちいち牽制しないで頂戴。」


 と、ぴしゃりと黙らされた姉は妹に恨めし気な視線を送る――少々遊びすぎただろうか。


 内心で反省しているマギアを後目に、構内最大の部室である剣術部の前に到着した。


「マギア、その子の練習はまだ終わらない……よね?待つの?ここで。」


 そう問いかける相手に


「ええ。でもすぐに終わると思いますよ。なにやら、レギュラー勢とかいうお飾りに勧誘されたのは大勢の女子マネージャーらしいですから。校内での部に所属する部活で最大人数を誇る剣術部。ひとりひとりに完熟訓練を受けさせるわけではないでしょうし。」


 そうどこか退屈そうに答える、終わっていそうな時間を狙ったはずなのだが、目算をミスったなぁと考え――


「まあ、ひとつかふたつのアドバイスを送って終了し――ッ!?」


 体が固まる――ほかの三人にもすぐにその理由がわかった。


 部室から女子の、泣き喚くような悲鳴が響いたからだ。


「何事だ!?」


 剣術部の訓練で悲鳴をあげるのは珍しいことではないが、ないが――これは明らかに毛色が違う、絹を裂くようなという慣用句がぴったりなその声は明らかに恐怖にまみれていた。


 特に合図は必要なかった、先陣を切っていたフラルとマギアが扉に近づき様子を――


「いやぁぁぁぁ!」


 ――見るより早く、ひとりの少女が半裸の状態で泣き叫びながらドアを開けて逃げて来た。


「――ドミネさん!!」


「マギアさん!?ふ、ぇぇぇ………」


 泣き叫ぶ少女はマギアを見つけると、子供のようにその胸に飛び込んだ。


 なるほど彼女が目的の友人なのだろう、だが――なぜスカートがめくれているのか?そしてなぜ?


「おい、どうした!? なにがあった!?」


「ふえ、ぇぇええ」


「泣いてばかりではわからん! いいから、安心しろ。なにがあっても私たちが守る。約束する」


「え……あ、あなたは……フラル……さん?」


「そうだ。まずは落ち着け。なにがあったのか話してみろ。」


 鞄から自分のジャージを出して、破けてしまった制服の上からかけてやるフラルは、その有様に怒鳴ったのだが、その怒りは落ち着かないドミネという少女に対してではない。


 むしろ、これほどまで無残な仕打ちを仕掛けた、加害者への激怒が滲み出ていただけだ。


「こ、これは……ジャック、先輩に」


「ジャック?3回生のジャック・ソルダムか!」


「先輩を敬わない呼び方はするものではないよ。フラル嬢」


「――――ッ!!」


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