初めての経験
「……その、大した事じゃないんだよ?その……」
「いいですよ、大した事かは聞かないと分かりませんし。」
恥じらいを見せる少女にそう告げたマギアの目は、まるで母が幼子を見守るように――実年齢で言えばそれどころではないのだが――優しい。
「私、剣術部のマネージャーになったの。あのジャック先輩にスカウトされちゃったんだ。」
「へぇ、剣術部に……剣!?」
突然告げられた単語に声が裏返る、とか大声を出さずに飲み込めたのはひとえに1200年の霊体生活で培った忍耐力ゆえだ。
「うん。ほら、知ってるでしょオモルフォス先輩の一件、あれでいろいろ大変みたいで、このクラスの女子が何人かマネージャーになったの。男子も半分くらいは入部したんだって。女子でも部員として何人か入ったみたい。」
「な……るほど。ええっと……ジャック先輩とは、もしやあの剣術部の主将の―?」
「うん!直々に誘われちゃった!それでね、マネージャーだけど戦えるマネージャーもかっこいいよねって言われて、今まで捕縛術しかやったことがないんだけど、防御か攻撃の技術が欲しくなって。だから成績優秀なマギアさんになにか聞けばわかるんじゃないかと思って。」
「……なるほど?」
なんだか複雑な心境だった。
たかが15歳のうら若き――このセリフは自分が若くないと認めるようで大変腹立たしいが――乙女が色気づくのは構わない。
でもよりにもあの魔女関係者と思しき転生者とは。心の底から応援するつもりにはどうにもなれない。
そして長く人間を観察してきたマギアにとって、ジャック・ソルダムは明らかに悪人だった、言い方を考慮しないなら屑だと感じている。それはテンプスに行ったと思しきちゃちな嫌がらせや自分に行ってきたちんけなちょっかいにしてもそうだ。
そんな人間に彼女はよく見られたいと言っている、正直に言って、今すぐ正常の道に戻してやりたい願望の方が強かった。
「今日、実は私も練習に誘われてて。レギュラー陣の先輩たちにレクチャーを受けることになりました。そこで、なにか簡単な魔法でもバーンって出して驚かせちゃおうかなーって」
可愛いな。このおさげの子。
なんて、自分にはとっくの昔に終わってしまった少女の時代がこの子にはあることに若干の嫉妬を覚えながら、それでも誰かのために尽くしてあげたいという未熟で純粋な心に感化されたマギアは、1200年も前の修業時代を思い出した。
あの頃の自分も、このおさげちゃんと同じで純粋で、年老いた老婆の師匠になんでも聞いて、からかわれて。
家族で逃げながらも研鑽を詰み聖女である師から稀代の腕だと認められて――何もかも失くした。
もし、もしそう言ったことがなく、ごく一般的に生まれていたら――自分もあんなふうに誰かに憧れを抱き、幸せな家庭を築き子孫に未来を託していただろうか?
そんな遠い日に消え去ってしまった自分に、この子はどこか似ている。だからどう導いていくべきかを真剣に考えてしまう。
「……わかりました、その練習が終わったらなにかひとつ教えます。ちょっと考える時間をください。攻撃か防御か、二か使えそうで相応しいものを用意しておきますよ。」
「ありがとう!約束だよ!」
「ええ。ではまた放課後に。」
笑顔で約束を交わす。
この時、マギアの心は決まっていた。防御の魔法を教えようと。
別にたわけた催し物なんて興味ないし、興味はない、確かに友達がそれによっていい成績が出せれば指導者として関わったマギアも嬉しい。
だがそれよりも、あの子の安全が気になる。
あの子の笑顔は力をくれる。彼女はクラス、学年でも他に友達が多くいる人気者だった。
だから、剣術部なんて悪漢が巣食う魔窟で過ちを犯さないように、犯されないように、守る術を与えよう。
簡単な魔術を習得させ、いずれ陣が無い状態でも発動できるよう仕込んでやろう。
友達の口約束は、自分の使命とはなんら関係の無い、薄っぺらい感情だったが、そんな変哲の無い約束でマギアの心は自然と弾んでいた。
「なるほど、友達に頼まれ事して張り切ってるわけだ。」
ひとしきり話を聞いたテンプスは面白い物を見たように顔を湯が褪せて呟いた。
「違いますよ、まったく適当なことを……」
言いながらすねたように顔をそむけるマギア――図星でもつかれたように見える。
「剣術部ですよ?きな臭い噂があるんです。自営する力は必要です。助けるのが力ある者の使命ってもんでしょう?」
「まあ、それはそうだな。」
「でしょう?だから――「ただ、剣術部ってことは罠って可能性はある。」――む……」
図星を突かれたように口ごもる、その可能性を考慮しなかったわけではない。
「その子自体に悪意がなくても剣術部の連中がなんか仕組んでる可能性はあるぞ。」
「それぐらいなら私には関係ないですし。」
「その子の立場が悪くなるかも。」
「むぅ……」
「それに――」
「……しょ、しょうがないじゃないですか。初めてなんですから。」
「……何が?」
「――友達に、魔術の話で頼られるの……」
そう言って小さくなる少女をみて、テンプスは自分がまたぞろミスをしたことを自覚した。
「――そうだな。初めてのことは楽しいもんな、君は正しい。」
それを否定する理由は彼にはない――彼だって、共同で研究するのが楽しいとごく最近知ったのだ。
それに、そうでなくたって、彼に彼女のやる事に口を出す権利なんてないのだ。
「悪かった、僕の問題に巻き込んだ分際で偉そうに説教なんてするべきじゃない。すまんかった。」
「あ、いえ、別にそれは……」
「楽しんでくるといい、いつ帰ってきてもいい様にしておく。」
「……はい、ありがとうございます、じゃあ、また家で。」
「ん。」
言いながら、テンプスは恥ずかしそうに部屋を後にする少女を見送って、肩を落とした――
――ここで、少しだけ未来の話をしよう、彼女の判断は半分正しくて半分間違えていた。
教えるべき術について彼女は正しかったのだ――そして同時に、教えるべき時期というものを間違えていた。
もっと早くするべきだったのだ。
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