初めての……

「この感じだと、あの魔女絡みでもいろいろありそうだな……」


 げんなりとテンプスが肩を落とす――あの日に片が付いたと思っていたあの女との関係が復活してきたことに辟易としたからだ。


「さっきの推察が正しければ最低限魔術はかけたでしょう、この前は注意して見てなかったので気がつきませんでしたけど。」


「調べられるか?」


「はい、その程度なら。」


「よっし……結局頼りっぱなしだな。」


 言いながら昨日のこと思う。


 弟たちは遠ざけていると言うのに彼女には頼る当たり、至らない話だと顔を顰める。


「いいですよ―私はこれから頼りますから。」


「これから?」


「あの魔女についての資料探してきてください、どうせあれの家にも忍び込むんでしょう?」


「ああ……分かった。ただ別の魔女につながるかはわからんぞ。」


「まあ、そこは運試しですよ、最低二人この時代にいるのは間違いないはずですし。」


「『名声』と『知性』か。」


 いつぞや聞いた魔女の名を思い返す、少なくともこの二人はあの魔女が接触可能な範囲にいたことになる。


「はい。あの二人は基本的にねぐらをめったに動かないそうなので、十中八九――」


「――あの女が接触した場所にいる?」


「と思います。」


 そう言って最後の一敗を飲み干した彼女は「じゃあそろそろ行きますね。」と言って席を立った。


「あーそれと、今日は先に帰ってもらっていいですよいつ帰れるかわからないので。」


「あん?わかった……どした?なんかあったか。」


 瞬間昨日の嫌がらせが頭をよぎったテンプスが声をかけると、不思議な事にマギアは困ったようなうれしいような複雑な表情で語りだした。


「いや、それが――」








 いよいよ毎年恒例の学内武闘会が近まっている校内はマギアが編入してから最も張りつめていた。

 トーナメントに参加する生徒は勝ちあがるために、その友人はそれを助けるために、不逞な者は賭けの題材にするために空気が熱をはらみ、刃のように尖ってくる。


 高学年から低学年まで、男女ともに無差別に組まれた予選を勝ち昇れるのはたった一握り。本戦に参戦できるだけでも学園の誉れとなるのだから、剣や魔法の腕に覚えのある生徒は誰でも躍起になる。


 されども、やはり学園には最下層というか、思わしくない成績の生徒もいるわけで。


 実技の単位が芳しくない――あるいは退学のギリギリで踏みとどまる生徒はこの競技に一縷の望みをかけている。


 この大会において優秀な成績を収めた者には単位がもらえるのだ。

 普段の至らなさの挽回のためトーナメントで勝ち進みたいと願うも、いつも上位を独占するのは剣術部の連中で、登竜門の予選すら大怪我をしてしまう可能性がある。


 いつも騒がしい教室や廊下は、この季節となると誰もが口数が減って事務的会話しかすることがない。


 ただし、まだ本番の空気を知らない1回生だけは普段と変わらず、いや現実というものを知らず夢ばかりみるからか、それを口にする男子や他人事みたいに談笑する女子が他の学年と比較しても多い。


 そんな中、まさに他人事みたいに思っている1回生の編入性、マギア・カレンダは友人の――この部分で驚いたテンプスが魔術でしばかれるのは会話の数十分後の話だ――女子と会話をしていた。


「マギアさん。あのね、術を教えてもらえませんか?あ、剣でもいいの」


 マギアの姿を認めた友人――ドミネはそう決心の満ちた顔で彼女に告げた。


「ほぁ……急ですね?さっきまでどっかの歌姫だか歌手だかの話に熱を入れてたのに、いきなりどうして?」


「私……予選に勝って、彼に勇姿を見てもらいたいんです。」


「ほぇ。ボーイフレンドがいたんですか。でも残念ながら、私は剣は使えません。魔術だけですよ。」


「ま、魔術でもいいの!お願い、教えてください!」


 そう言って顔の前で両手を合わせる少女は何とも切羽詰まった様子でマギアにそう語りかけてくる。


「……ふーむ、なにか事情がありそうですね。詳しく聞かせてください」


 彼女は編入したばかりのマギアに、誰よりも親切にしてくれた相手だ。


 編入当初、今の様に誰かの手を借りるつもりなどなかった――まあ、今だって限られた人間以外の手を借りるつもりはないが――マギアは周囲に対して当たり障りのない言葉だけを返す人形の様に接していた。


 それを、気味が悪いと見たのか、あるいは生意気だと感じたのかはわからない、ただ確かなのは彼女の周りには徐々に人がいなくなったと言うことだ。


 そんな中で彼女と会話を交わした数少ない人の一人がこの少女だった。


「――話すときは目を見て話さないと!」


 と、注意されたのは記憶に新しい。


 別段、彼女に目立った能力はないが――ただひたすらに善良で、だから傷つけたくない相手だった。


 それが困っていると言うなら、一肌脱ぐのも悪くはないか……とマギアは感じていた――彼女にしては珍しいことに。


 だからマギアも、本気で教わるつもりがあるなら、ひとつくらいなにか伝授してやるつもりだった。


 幸い、あの魔女を探す工程でこの時代の魔術に対する大まかな判断基準はついていた、つまりあの実習で習うようなことを教えればいいと言うなら、彼女には眠っていてもできる程度の児戯だ。

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