人気者の辛苦

「じゃあ、私からも報告が。」


 ようやくげっ歯類から人間に戻ってきたマギアが食後のお茶をすすりながら一言告げた。


「おおん?」


「あの剣術部周りについてです。」


「ほう。」


「ちょっと面倒なことになってるかもしれませんね。」


「というと?」


 聞きながら、向き直ったテンプスにマギアはがさがさとポケット――そう言えばこの少女はあらゆるものをポケットから出しているがどういう構造なのだろう?――をあさったのち、あるものを取り出した。


「この人に見覚えは?」


 そう言って差し出してきたのは少し色あせた一枚の絵だ――見覚えがある。確か――


「ああ……確か去年の今頃失踪した先輩だろう、名前は――」


「エレナ・ヴィオレ、美人で有名な先輩だったらしいですね。」


「ああ、確か、いつだかやったミスコンだか何だかでいいとこ行ったとか……成績もよくてな。あの魔女ほどじゃなかったけど、かなり人気はあった。少なくとも僕はあの女より好きだったよ。」


 古い記憶を思い出す大図書院で何度か見かけた――向こうはともかくこちらは良い印象を持っていた。


「で、この人がどうした、剣術部とは関係ないだろ。マネージャーでもなかったはずだ。」


「ええ、とは関係ありません。」


 意味ありげに区切った言葉はある意味が隠されている。それが意味するところは明確だった。


「――ジャックか。」


「はい、男女の仲にあったらしい――と、女子の間ではもっぱら噂だったらしいです。」


 「ふむ?」


 彼はその噂を知らなかった。


 まあ、それも無理からぬことだ。


 彼は基本的に交友関係の狭い人間だったし、今年に入るまでは今に輪をかけて他人とかかわってこなかった。


「よく聞きだしたな。」


「まあこれでも1200年選手ですからね。」


 と、胸を張って見せる少女の顔は得意げで、満足そうに見えた。


「後はまあ――「ジャック先輩に粉かけられちゃって……」って意味ありげに言ったら一発でしたよ。」


「ああ……」


「女子は気になる男子の新しい女を見ると牽制し始めますからねー」


 そう言ってけらけらと人の習性を笑う少女はなるほど1200年分の記憶を蓄える魔女と言われても納得できる容貌だった。


「その失踪に剣術部が絡んでると?」


「部の全員じゃないでしょうが、少なくともあの主将君はしってるでしょう。」


「……普通に失踪じゃないのか?高々学生のサークルがそこまでするかね。」


 首をひねる――どうにも彼の中でイメージとしてある、この学園の生徒らしくない。


 ごくわずかな例外を除いてここにいるのは自尊心と臆病さを併せ持つただの学生だ。


 善性を持っているかはともかく、保身を怠るようなことはしないし、故に犯罪に安易に手を貸すこともしないだろう。


「あの主将くん、転生者ですよ?」


 そう言われても彼の中で何かが引っ掛かっている。


「そいつだけだろう?それ以外の奴も巻き込んでやるかね?誰かしら告発の一つもしそうだが……」


「そこで登場するのがあの女です。」


「――魔女か。魅了で部員を操ったと?」


「正確には魔女に魔術で魅了の力をもらった主将さまがだと思いますけどね。」


「他人相手に使えるのか?」


「私と母に宿った呪いのうちの一つは――」


「『ニンフの美貌』か……ってことはあいつも魅了使いか……面倒だな。」


 そう言って天を仰ぐ、思い返すのは襲い来る魔族の英雄二人だ。

 何度やられても愚直に向かってくる狂気。


「ああ、たぶん、それほど強い術じゃないと思いますよ、あの女他人にそこまで施してやるタイプじゃないので。」


「……どういうこと?」


「ニンフの美貌はかなり高等な魔術です、使用にはいくつも条件があって、そのうちの一つは「対象が生まれたての幼児である事」があげられるんです。だからお母さんは生まれた直後に呪われたわけです。そして、自覚の有無によらず、あの女はあの先輩と同い年、このレベルの魔術は赤ん坊には使えません。」


「ってことは、あの先輩にかかってるのは?」


「ニンフの美貌ではないです。もっと言うなら、あの女が自分に使ってた術より二段階ぐらい下の、持続にも難がある術だと思いますよ。」


「なんで?」


「そのほうが、相手からいろいろむしれるでしょう?」


 そう言って笑う少女にほほをひきつらせながら、テンプスは納得した――確かに、赤ん坊が魔術を使うのはありえない事だろう。


「犯罪の証拠まで隠せるのか?」


「ええ。実際、あなたの見た物の中にもそういった光景はあったのでは?」


 思い返す。


 確かに、あの日見た悍ましい映像の中の一端にそういった映像はある。


 鼻からまるで血管を引きちぎったように噴き出す血液、恍惚の表情で倒れ伏し目から光が消えるメイド――そして、それを見ながらどこにも声を上げなかった同僚たち。

 なるほど、あの影響下にあるのならそう言ったこともできるだろう。


「でもあの女はもういないだろう?まだ魅了の影響が残ってるもんかね?」


「まだ一月もたってませんから、まだ持続するでしょう――只、時間はないですけどね、だから、先輩にちょっかいを掛けて来たのでは?」


「……僕にあの魔女の代わりをさせるとでも?できるわけが――」


「いやいや、そっちじゃなく――」


 見せしめにしたいんじゃ?


 そう言われたとき、前々から感じていた違和感の正体がわかった気がした――彼は自分に用があるではない、自分の体質、ひいては『自分が叩き潰しやすい人間』に用があるのだ。


「僕をいけにえに捧げて、締め付けをしようとしてると?」


「考えそうなことでしょう?」


「……そうだな、だから強引にサークルに入れたいわけだ。」


 それならば今回急に強引な手に出てきた理由もわかる、彼は時間がないのだ。


 あの魔女の魔術の効果がどの程度残留するのかはわからないが、彼女の想像が正しいのなら、彼の犯罪行為の証拠が流出する危険性がある。


 その前に蛇口を閉めたいのだ、恐怖によって。


「……ずいぶん、いやな方向で人気になったな……」


 顔を顰める――決してうれしい事でないのだけは確かだった。

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