霧の中を歩く

「もともと、有名な話ではあるんだよ、ジャック・ソルダム……というかあの人の実家の話は。」


 昼休み。


 いつもの――もうすっかり集会場の様相を呈してきている――研究個室にいつも通りの二人が轡を並べて各々の行動をとっていた。


 片や研究、片や昼食。それぞれの行動をとりながら、しかし、口にする話題は一つだ。


 彼の午前中はほとんどこれの調べに費やされた。


 基本的に巨大な校庭で行う授業であれば抜け出しても気がつかれない事を利用してこっそりと侵入した――まあ司書の女性には気がつかれた気もするが――大図書院で漁った資料が示した事実を伝えた。


「ほうほう?」


 口いっぱいに食物を詰め込み、げっ歯類の様に頬を膨らませたマギアが興味深げに聞いた。


「基本的には輸入業をしてる家でな。それ自体はまっとう――だったかはあの魔女と付き合いがあった時点でよくわからんが、まあ、表面的にはそれほど問題があったわけでもないらしい。」


「ほうほう。じゃ来歴に何か?」


「もともとはかなり古い話らしい。かなり伝聞も交じってるから眉唾な部分もあるが――どうやら、もともとは田舎町での話らしい。」






 昔々の話だ。


 あるところに老夫婦がいた、翁は細工物で生計を立て、老婆は家事全般を取り仕切っていた。


 ごく平凡でつつましい生活、そんな状況が変わったのはある朝の事だったらしい。


 その日、何時もの様に川に洗濯に向かった老婆は川から流れてくるあの物体を目にした――桃だ。


 別段大きな物体ではなかった……らしい、少なくとも世間一般に伝わっている話ではそうなっている。


 その桃を老婆は家に持って帰ったそうだ、現代の衛生観念から言えば何をしているのかと思いたくなるような行動だが、この当時の時代を鑑みればこれもやむなしだろう。


 それを神の恵みだと確信した老婆はそれを翁と二人で分け、早晩に食事として供した。






「――で、若返った……らしい。」


「ほう……仙桃だったのかもしれませんねぇ。」


「せん……なに?」


「仙桃。東の方の国にいる超人の類が好んで食する果物だそうです、何でも、寿命を延ばす効果があるとか。」


「ほぉん?ってことはこの伝説もあながち嘘じゃないのかもしれんな。」


「ですねぇ……」


「まあ、そこらへんはいいか……で、ここからがあれだが――」







 この老夫妻には子供がいなかった。単なる時の運か、あるいは何か別の理由か。彼らは子供を欲していたがその願いはかなわなかったのだ。


 しかし、今なら?そう考えた老夫婦は子作りに励んで――無事に願いを果たした。


 彼らの子供はその不思議な出自が示すように不可思議な力をもって生まれた。


 十人力の力を持ち、病気をせず、驚くほどの正義感と義侠心を持ち合わせた好漢に育った――らしい、それがあの無条件に厄介な先輩の先祖というのはどうにも信じられない話だが。


 で、成長した彼はある時、近隣の村々をオーガが襲っているらしいことを耳にした。


 それを聞いた子供はこれをどうにかする必要があると感じたらしい。両親であった老夫妻――もう夫妻とは言えないが――にこれを伝えた。


 老夫妻ははじめ反対したが、最終的には折れて、彼に旅支度を整えてやり、送り出したらしい。


 そうして、冒険の旅に出た彼は道中でお供の三匹の動物を確保して。旅路を超え。


 鬼のもとにたどり着いて激闘の上、打倒した――





「――ん?終わりですか?旅の行方とかは?」


「この話、出自から旅立ちまでの部分以外やたらぼかされてるんだよ、何でかは知らんが旅の途中の話なんかがまったく出てこない。」


 そう言って胡乱な顔でこちらを見てくるマギアに告げる――自分もそんな顔をしている事だろう。それはこれを聞いた人間全員が思うことだ。


 この話は面白くなるだろう部分が抜け落ちているのだ。


 明らかに重要だろう旅の間のこと、お供を選んだ理由、そして戦いの様子、重要なファクターが抜け落ちている。


「最終的にはその桃の子はどうなったんです?」


「オーガを倒して、そいつらが持っていた宝物の類を片っ端から奪い返した――」


 言いながら怪訝そうにテンプスは顔をゆがめる


「――ということになってるが、ちょっと妙な点があってな。」


「妙?」


「この桃少年が持ち帰った財宝の類を村々に帰して、引き取り手のいない財宝を家に持ち帰って今の会社の前身になる事業を始めたらしい。」


「結構なことですね。」


「そうね、ただ――証明がないんだよ。」


「証明?」


「そう、あの人品賤しき先輩の実家がその子孫である証拠――家系図がない。」


「ほう?」


 それのどこに違和感が?と言いたげな後輩に向かって告げる。


「一般の家にはわかりにくいが、あの手の家……まあ、一般的には名家って言う家は基本的に「自分たちはその家の人間ですよ」って証明をするために家系図があるもんなんだよ。でないと、一般的にはほら吹きだと思われる。僕が今、疑ってるみたいにな。そして、あの手に家の人間はそれを我慢できない。」


「ふむ?まあ、あの傲慢さから見ると違和感はありませんね。」


 思い出した顔を虫でも振り払うように手で払ったマギアが言った、顔と一緒に思いだしたあの傍若無人なふるまいが癪に障ったらしい。


「だろう?で、そう言う家は基本的にこの家系図を公表している――うちの家に代々伝わる物であり、我らは直系の子孫である。ってな具合だ。」


「なるほど。」


「ただ、こいつがどこを探しても見つからん。」


「公表してないってことですか?」


「そうなる……んだが、いまいち、何でそうなったのかがわからない、今だって貿易会社のロゴに先祖の絵を使ってるんだぞ?なんでそこまでしてるのに家系図が出てこない?」


「……出せない理由がある?」


「と、僕は睨んだ。」


 何か家に秘密があるはずだ――と言う色眼鏡で見ている弊害かもしれない、とは彼も思う。


 ただ、彼の直感と能力が告げているのだ――「パターンにずれがある。」と。


 ここでそうなるべきではない何かしらの流れがこの物語を正しい形にするのを邪魔しているのだ。


 だから、こんな中途半端で片手落ちな話ができたのだろう。


「あの先輩が転生者だろうことに関係があるのか……」


「僕の勘はそう言ってる――只、なんか思ってたのと違う結果に行きつきそうな気がすんだよなぁ……」


 こめかみを揉みながら呻く――まるで霧の中を歩いている気分だった。

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