ある男の嘲笑

「ああ、約束だ。って、なんで2回言う必要が………チッ。切りやがった」


 ジャックはベッドに横になりながら、通信具を横のテーブルに放る。


「で?家族思いのお兄ちゃまから、そういう打診が来たんだけど。お前はどうするつもりさ。」


 そのまま反対側に体を向けると、そこにはシーツを被って隣に横たわる少女の姿があった。


「うげぇ。兄貴、マジでキモ………妹の恋愛事情に首突っ込むなっての。パパとママも、みんなウッザい。」


 そう言って顔を顰めた少女はそんな顔でも可憐だった。


「はは。そういうこと言ってやるなって?家族思いなのは、いいことだぞ?」


「でもぉ………私にはジャック先輩がいるもん。ね?万年補欠な兄貴なんてどうでもいい。ジャック先輩だって、レギュラーに入れるなら使えないベンチより役に立つ上位でしょ?」


 そういてしなだれかかる少女にジャックが笑う。


「だっはっは。まぁそりゃそうだ」


 ジャックと少女は裸でベッドに横たわり、再び距離を詰めた。


 とある高級宿屋の一室で、共に夜を明かしたふたりは永遠の愛を誓い合って、未だ数ヶ月という浅い関係である。


 それでも何度も体を重ね、愛を確かめ合い、熟考した結果で男女交際をしている。


 例えふたりを阻む障害が家族であっても、俺は解決してみせるさ。と囁くジャックに身をゆだねた少女。

 後悔はしていない。幼少の頃から憧れた王子様が目の前にいて、いつでもどこでも守ってくれる。この事実さえあればよかった。


「でもジャック先輩、私怖いな」


「なにが?」


「兄貴に捕まったら、もうここには来れない気がする」


 少女はジャックの腕のなかで呟く。


「ばっか。そんなことさせるかよ。お前は俺の女だ。絶対離してやらねぇよ?それにお前を怖がらせるのはみんな敵だ。俺の先祖代々、悪に屈さず正義を通してきた。なら俺もできるはずだからな。なぜなら――」


「先輩の先祖は悪名高いオーガをやっつけた伝説の剣士だから。でしょ?小さい頃、なんどもその絵本を読んだよ。まさかあの学園でその子孫に出会えて、こんな関係になれるなんて思ってもみなかったけど」


「――――ま、そうだな。特に俺は将来を見込まれて、あの伝説の剣士に近い名をもらった。ジャック・ソルダムってな。ジャックなんてダセェと思ったけど、今となっちゃ気に入ってるよ。」


「もう、その話は100回くらい聞いてるよ。暗唱できるようになっちゃった」


 そう言って笑う少女は本当に幸せそうに見えた。


「そうかい? でもいいじゃねぇか。将来の伴侶に相応しい女になれるってもんだぜ。ハハハ」


「ウフフ」


「ハハハ。………おっと、今何時だ?おお、もうこんな時間か」


 壁の時計を確認したジャックは、起き上がって衣服を着てカーテンを開ける。


「さーて、気持ちの良い朝だ。そろそろロードワークの時間だな。今日はもう帰れよ」


「えー、ここにいちゃダメなの?」


「チェックアウトして、俺も家に戻る。剣術部主将としてやることが沢山あるんだよ。ごめんな、いっぱい構ってやれなくて」


「……ううん。じゃあ、朝ご飯でも作って帰ろうか?」


「いや、訓練前は食べないようにしてる。1ヶ月後の大会で無様な姿で出れないしな。アッハッハ」


 できるだけ接する時間を延長しようとする少女に詫びながら、ジャックは床に散ばる衣類や使用済みのちり紙、タオルなどを分別し帰宅を促す。


 シャワーのひとつでも浴びさせてやりたいところだが、チェックアウトまでそう時間はない。延長料金は覚悟して、服を着た少女にキスをして先に出してやる。


 その後、ジャックは時間を気にせずシャワーを浴びて、新品の衣類に着替えてやっと部屋の外に出た。


 しかし、向かったのはなぜか上のフロアだった。


「お待ちしておりました。ごゆっくりどうぞ」


「ん。ご苦労」


 清掃員ではない、身なりの整った老人――支配人に下の階の鍵を渡すと、代わりに差し出されたのは、このホテルにおける最高級スイートルームの鍵だった。


 明らかに違う雰囲気のなか、ジャックはこれも慣れた足取りで進む。多くあるソファのひとつに鞄を放り投げ、自分は一番大きいソファに寝そべりながら手帳を広げる。


「ええと、今日は夜まで先輩とこの部屋で過ごして、それから2回生のあの貧相な……あーこいつは隣の安宿で十分か。明日はさらに奥のリゾート宿泊施設に、ええと、名前なんだっけ。チビなくせに胸がでかい同級生……ああ、もういいや。あいつと過ごして。でもなんか忘れて……あーその次の日部内会か。面倒だな。副将にやらせっか。」


 2週間先までびっしりと詰めた予定に辟易し、かつ喜びながら、1ヶ月後の大会に向けて、工作員をどのように走らせるかも決めていく。


 そうしているうちに、呼び鈴が鳴り来客を告げた。


 手帳を鞄の底に収納しながら、ジャックは胸元のボタンを外し筋肉を肌蹴る。


「待ってたぜ、先輩」


「今日はお招きありがとう。こんな立派な部屋で驚いちゃった。お礼に、夜までしっかりと愛し合いましょうね。ジャックくん」


 来客は4回生で一番人気の、アイドル的存在だった。


 


 先ほどの少女にしたように愛を囁き、同じように相手をする――


 このジャックという少年、世界中の若く美しい女を抱くという野望を抱えていて、無尽蔵な体力と性欲を持て余す獣の本性をしていた。


 これまで抱いた学園の女はすでに指では数え切れないほど。1回生の頃から毎日このような生活を続ける、外道だった。


 それはいまだ、テンプスのあずかり知らぬところで進められる悲劇であり――いずれ、暴かれるべき罪なのだ。

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