制約
「――賭けをしよう先輩。魔術制約だ。」
沈黙を破ったのはテンプスの方だった。
「――ほう?」
「ここでガチャガチャもめても仕方ないし。後でいちゃもんをつけられて弟たちに迷惑をかけるのもごめんだ。あんたと僕の間の問題にしてしまおうじゃないか。」
「……どういうことだい?」
「古い手で行こう、決闘って奴さ。」
言いながら、相手がのってきた事実に安堵する――彼としても、ここで数で来られるのは避けたかった。
別に脅威だとは思っていない。すでに簡易起動させた時計は装着している、魔術だって防げるだろう。
ただ、あとが面倒なのだ。
この男のことだ、確実にこの事実を自分たちの都合のいい様に脚色して話すだろう。
そうなれば、後が面倒なのは弟を含む後輩たちだ。
彼らを信奉する連中と剣術部の間でいさかいが起きるのはパターンを読める人間でなくとも明らかだ、それは避けたかった。
「僕はあんたの提案を飲もう。あの朝の奴だ、あんたに負けたら――って奴。」
「先輩!?」
「兄さん!」
背後から避難じみた声が聞こえる――一瞬どちらかの声に喜びのようなものが見えた気もしたが……気のせいだろう。
後ろからの声を封殺して、出涸らしと呼ばれた少年はこう続けた。
「そのかわり、あんたにも相応の物を掛けてもらう。」
「――例えば?」
「――あんたがこの学園で犯したすべての罪を自分で告白してもらおう、全校生徒の見る舞台上でだ。ああ、ついでに彼女達にも謝ってもらおうか。」
言われたジャックの顔がこわばる――負けた時のことを考えたのだろう。
「――正気かい?俺にはリスクがないように思えるけど。」
そう言って探るようにこちらを見る。虚勢だ。
「僕にはある、少なくともモチベーションにはなりますよ。」
そう言って笑う――彼らにこの顔はどんなふうに見えているのだろうかと少し気になった。
「……いいだろう。」
逡巡は短かった。
「では、あとで魔術師に、制約の魔術を――」
「――マギア。」
「……」
「頼むよ。」
「……どうなっても知りませんよ?」
言いながら、彼女は指を一つ鳴らす。
彼女の足元に突如として光の線が生まれる。
「――閃光魔術……」
アネモスが慄いたように口にする――それはひどく難易度の高い魔術だ。
「なんで帝国の……筆頭魔術師レベルの難易度の魔術を使えるの?」
驚きに震える声で尋ねたアネモスに、マギアは人差し指を唇に当てて一言――
「――女子にいろいろ秘密がある物でしょう?」
と言って見せた。
「――っ!ま、まて、何をするつもりだ!」
茫然としてた男が突然声を上げる――魔術に驚いていたのはアネモスだけではなかったらしい。
「言ったでしょう?魔術制約だ。あとで適当にやられるよりも、ここでやってしまったほうが話が早い。」
「それだと君に有利な条件が付けられるかもしれないだろう!?」
「その理屈で言うと、貴方に頼んでも同じことが起こりそうなので……ならこちらでやった方がいい。」
「俺に不利な条件があったらどうする!」
「その時は、締結の段階で打ち消せばいい。双方の合意がなければ無効だ――まあ、最も、今しがたあんたはこの内容に合意してるわけだが。」
「……っ!」
何かいい多相だったジャックはしかし、それを言葉にできないまま、口をつぐんだ。
一瞬の間の後、彼が行ったのはいつもの手立て――
「――いいのかい?僕らの部室には女子がまだ――」
脅しだ、魔女にきいたのだから、この男にも効く。そんな理論で放たれた一言は――
「ああ。それ……先輩――人を閉じ込めるなら裏口の鍵は閉めないとだめでしょう先輩。開いてましたよ?」
目の前の男の一言に打ち消された。
「――!?」
体を翻す――まさか、と思った。
自分の忠実な僕がこちらを見ているはずの窓に目をやる――いない。
こちらを見ているはずの一対の眼はどこにも見当たらない。
「悪いことするときはいろいろ気を付けないと、ねぇ?」
そう言って笑う男にうすら寒いものを感じた――考えてみるとおかしい、この部室棟に走ってくるとして『こいつはいったいそれまでどこにいたのだ?』
いつもの研究個室か?それにしては遅いのでは?そう考えが巡った時、ジャックは明確に恐れを抱いた。
『気づかれたのだ。』
自分がたくらんだあの暗い企みは、この目の前の出涸らしに見抜かれ、事前につぶされたのだ。
これで彼は切り札をなくした。もう事がここに至ってはもう逃げ場はない。
魔女によってこの世の誰も知らない苦痛にあえぐか、あの男の契約を受けるかだ。
光が収まった時、そこにあったのは2枚の契約書だ。
「――これが魔術制約の契約書です。これを双方一部ずつ管理してください、どちらかがこれを不正に破る、もしくは破棄した場合即座に罰則が下ります。」
「内容のご確認を。」
「……」
眉間にしわを寄せて、彼は羊皮紙を見つめる――破ることはできない、合意していないとしても、魔術制約は半分完成している、ここで、正当な理由なく契約を破棄すれば罰が下る。
「……罰の内容が少々過激なのでは?」
一言物も押してみる。意味があると思っての行為ではない。
「「全校生徒の前で発表する事。」ですか?僕の人生と取引なんだからこれぐらいは我慢していただきたいですね。」
「……」
そう言われてはもはや抵抗などできない。
男にはもう、この契約を飲むしか道がなかった。
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