火がついたように
「――では、また試合の日に。」
「ああ――覚えてろよ。」
「あんたは覚えてられるのか?」
放たれた挑発を倍にして返せば、顔を赤銅色に濁らせて肩を怒らせて部室内に消えていった。
その後ろ姿を見送ったテンプスは後ろに振りかえる。
「……」
こちらを不満そうに見る後輩に肩をすくめて「これしかないだろ?」と声をかけた。
「……これは私の問題ですよ。」
「脅迫状とあの男の因縁は僕の問題だ。」
視線が交わる、パターンなど読めなくともわかる程の怒りと――罪悪感があった。
気に入らないのだろう、自分の問題にテンプスを巻き込むのが――何せ、魔女にまつわる問題ではないのだ。
「それよりそこの子を連れて保健室に行こう。見た感じそれほどけがはしてないが……」
「……ええ、その……いろいろ調べなければなりませんので。」
そう言って、マギアがそっと顔を伏せる。
その顔に浮かぶのはある種の恐怖と悲しみと――友人である少女が受けた行いへの怒りだった。
「立てそうか?」
「む、私が抱えていくので問題ないぞ義兄上」
そう言ってひょいと彼女を持ち上げたのはフラルだ――さすがに麒麟児集団の切り込み隊長、一つ下の女生徒とは思えないほどの筋力だった。
「じゃあ、とりあえず行こう――ここにいてもいいことないしな。」
ガラガラと引き戸が開く音がして、保険医とマギアが保健室からテンプスとフラル――弟と妹は返した、これから先の薄汚れた話は姉と兄で聞くのが長子同士の合意だった――の待つ廊下に顔を出したのはそれから一時間後のことだった。
「――どうだった?」
「……幸い、下は……」
そう言う彼女の表情はしかし暗い。
「……とりあえず、最悪ではない。」
「ええ……ただ、その……」
「……途中までか。」
「……はい。」
つまり――そう言うことだ。
唇かあるいはもう少し下か……止そう。自分で自分を絞め殺したくなる。
「――待て、フラル。」
話を聞いた途端、椅子から跳ね起きた猛犬を手で制する。
「――なぜ止める!」
「君も見てたろ?魔術制約はしてる。僕が勝てればあれは終わりだ――名実ともにね。」
「しかし――」
貴方で勝てるのか?
視線が叫んでいた。まったくもっておっしゃる通りだ。彼女たちに見せている力や自身の欠点を抱えたまま、あの卑劣極まる男に勝てるのかと疑問に思われるのは仕方がない。
それを払拭するには勝って見せるしかないが――戦うためには彼女が不安に思う状況まで持って行くしかない。
よくある二律背反を超えるすべはない、ないが――
「――フラル。」
やるしかないのだ、教員に報告してもどうにもならないのは、ここ一年でいやというほど理解した。なら自分で越えるしかない。
「あの男は用心深くて――臆病なやつだ、君らが出てくると分かれば確実に口実を作って逃げるだろう。僕がやるしかないんだよ。」
その言葉には実感がこもっていた――昔似たような男の相手をしたことがあった。
「信じてくれとは言わない、無理だろうから。ただ――待っててくれ。何とかする。」
そう言って彼女を見つめる、疑いの色の濃い瞳がこちらを見ている――
「――私は任せますよ。」
背後から聞こえてきたのはここ最近耳なじみになった後輩の声だ。
「――マギア。」
「あの場を修めてくれたの先輩ですから。それに――」
こちらをまっすぐに見る目はある種の信頼があるのをテンプスは感じていた。
「――勝てるんでしょう?」
「勝つさ――もういい加減あれのくだらないお遊びにはうんざりだ。」
決然とした発言だった。確固たる意志と――秘められた怒りを感じる、力強い発言。
「……わかった、お前がそう言うのなら従おう――お前の友人だ。」
「ありがとうございます。」
「なぁに、もし無理なら義兄上の後で舞台に飛び入りして全員ぶちのめしてやるさ!」
「それは私がやるのでいいデス。」
その物騒な言葉を聞いてもう大丈夫だろうと微笑んだテンプスはゆっくりと歩を進める。
「どこに?」
「ここで一番上級生なのは僕だ――いろいろ責任があるのさ。」
言いながら、彼は保健室の扉の向こうに消えていった。
夕暮れの朱に染まる部屋の中で空を見つめる彼女はまるで血にまみれているように見えた。
「――失礼。」
「……」
こちらにどこか向けらえた瞳はひどく無感動で――それが、彼女のことを話しか知らない彼にとってすら、ひどく悲しかった。
「――大抵のことは理解してるだろうから、僕にできる範囲の話をする。いいね?」
「……」
返答はない。沈黙を都合よく解釈して言葉を続ける――手の届く範囲に男がいては落ち着くまい。
「君は剣術部から逃げて来た。それは大変結構なことだ。素晴らしいと思う。ただ――」
言葉を切る、彼女に聞こえているのかはわからない。ただ無感動に瞳がこちらを見ていた。
「――只、剣術部は君を狙うだろう。嫌がらせや……襲いに来る。」
「……」
その言葉を聞いても、彼女は無感情のままだった。どうでもいいのか――襲われないと思っているのか。
「君は嫌だろうが――君は学校に来るべきだ。」
その一言に、こちらを見ていた目に恐怖と――驚きが宿る。初めて感情が揺れた。そんなことを言われると思っていなかったのだろう。
「……何でですか。」
「ここが一番安全だからだ。」
「――あいつらがいるんですよ!」
「そしてマギアもいる。」
「!」
「君も見たろ?あの子は並の存在じゃない。あの連中が来て、君を庇っていたってどうとでもなる。」
「……家じゃまずいんですか?」
「いや、かまわない、ただ――休み続けられるのか?」
口にしたくない話題だ、だが年長者として何も言わないわけにはいかない。
「休み続けるのなら――君はたぶん、事情を君のご両親に話す必要がある。」
「……!」
はたと、顔がこわばる。
当然だろう、どうして実の親に言える?こんな……こんな、むごい事を。
「できるか?」
「……」
「――やめておいた方がいい。と、僕は思う。せめて、君の心の整理がつくまでは。」
「……登下校中に襲われたら?」
「マギアに魔術を掛けてもらえ、登下校中ならどうにかできるだろう、できるだけ複数人で――それこそ、今日部室から逃げたほかの子たちでもいい――居るようにしておけば逃げるだけならできる。」
断言する、ここに仮定は必要ない。
「それでもに逃げきれなかったら?」
「マギアがこの件が片付くまでまでは君のそばにいるさ。」
「――終わるんですか?」
「――終わらせる。」
いぶかしむような気配と視線は自分の能力への疑いようのない評価によるものだ、わかり切っていた。
扉の向こうにいるだろう赤髪の少女と同じだ、彼女の疑念を晴らす方法はない。ないが――
「――君から見た僕が信用ならない奴なのは知ってる、弟程すごいやつではないし、所詮は味噌っかすだ。信用できないのもわかる。後輩の誰にも勝てないぐらいの奴だ。認めるよ、たいした奴じゃない。」
――それでも、託してもらうしかない。
「――でもあの男に負けるほど弱くはない。」
自分が拙い蜘蛛の糸でもて誰か一人ぐらいは救えるのだと、慰めでもいいから納得してもらうしかないのだ。
「――信じてくれとは言わない、ただ待っててくれ、何とかするから。」
その言葉に、彼女は何の反応も示さなかった。
「――マギア。」
保健室の前で待っていた後輩に声をかける。
「――はい。」
「そばにいてやれ、明日から常に。あのあほ共のことだ。何かしてくるかもしれん。」
「……いいんですか?」
その言葉は言外に、これから先は手伝えなくなると告げていた――甘く見られたものだ。
「――問題ない、あとはこっちで片づける。」
剣術部の妨害、謎の脅迫状、遅々として進まない装備の完成――すべてを一月で終わらせる必要が出てきた、時間はない。どれ一つまともに手を付けていない。終わりのめどなど立っていない。
『まあ、でも――』
――問題はすっきりした、立ちふさがる問題はすべて叩き伏せてしまえばいい。
全身の骨を鳴らす――ここからは本気だ。
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