調査

「――走ってきた人?見てませんねぇ……」


 大図書院の入り口に常駐する司書は顔なじみの学生からの尋ね事に対してそう答えた。


「そうですか……分かりました。」


「誰かお探しですか?お手伝いしますけど。」


「いや、実は誰を探すのかわかってないんですよ。僕の研究個室の前に手紙が落ちてまして、その差出人を探してるんです。」


「そうなんですか……内容は?」


「私信なので……」


「ああ、ですよね!ごめんなさい!」


「いえいえ……差出人も書いてない物で、手紙の差出人とどうにか連絡が取りたいんですよ。」


「うーん、おっちょこちょいな人なんですねぇ……私だって忘れたことないですよ。」


「ですよねぇ……ああ、すいません、そろそろ午後の授業があるので。」


「あ、はい。一応こっちでも聞いておきますね。何かあったらご連絡します。」


「ええ、どうも。」


 いつもの気安い会話を終えて、離れた位置で待機していた後輩に声をかける。


「聞いての通りだ、まだこの辺に隠れてるのか……なんだよ。」


 まじまじとこちらを見つめる視線に気がついたテンプスは胡乱な表情で訪ねた――相手は自分よりもさらに胡乱な表情をしていたが。


「先輩、司書さんと話せたんですね。てっきり嫌われてるのかと。」


「まあね、あの人は誰にでも優しいよ――まあ、人にあんま興味がないだけかもしれんが。」


 大図書院の入り口に常駐する司書は大図書院の入り口に常駐する司書はからこの学園の大図書院の管理を任されるためだけに招かれたエリート中のエリート――とてもそうは見えないが――だったりすることを知っている者はそう多くはない。


 いつも、異様におっとりした――口さがない生徒からはとろいなどと揶揄されることもある――態度のこの女性はひそかに男性陣から人気があり、彼女は全くあずかり知らぬところでファンクラブができていたりするような穏やかな人物だ。


 黒いロングヘアー、青みがかったグレーの目、唯一の装飾品として、高価な黒縁メガネを常に着用している彼女は、聞いた話ではかなりの近視であるらしい。


 そんな彼女がテンプスのこの学園で数少ない気を許せる相手だと言ったら人々は驚くだろうか?


「ほぇー……教員全員に嫌われてるわけじゃないってホントだったんですね。」


「嘘ならさすがにこの学園にはおらんよ。」


 「確かに」とうなずいた後輩は気を取り直した様に話題を変えた。


「歩いて逃げたってことは?」


「あってもおかしくないだろうが……あの人の目をかいくぐるのはほとんど不可能だからなぁ。」


「そんなすごい人なんですか?」


「この学校で君を除くなら最高の魔術師は彼女だよ。」


「――ほう?」


 テンプスの評を聞いた、魔術師の目が細まる。

 

 どこか遠くを見るように彼女に視線を向けたマギアはその視界に司書をとらえる。ぶつぶつと何か言ったかと思えば一瞬で広がった眼に驚きを湛えて後輩が言う。


「――なるほど、確かにこの学園ではお目にかかったことがないほど魔力の制御がうまい。」


「だろう?」


「はい、どこで見つけてきたんです?」


「さぁね。一回性の時ここに入り浸ってたら自然と話すようになっただけで、来歴までは聴いてないんだ。」


「ふーむ、興味深い……っと、まあ、それはいいとして……どうします?手掛かり消えましたけど。」


 問われて逡巡する。


 彼女の言う通りだ、彼に与えられた唯一の手掛かりは現状役にたたない。


 書き癖や書いた内容から相手を絞ろうにも、こちらの知らない人間である可能性がある以上何を参照するべきかもさっぱりわからない。


 人に聞き込みをしようにもこの手紙のことを周囲に知らせると、犯人が自分や周囲の人間に危害を加えてくる危険性がある以上うかつに脅迫状の存在は明かしたくない。


 それ以前にこの学園の人間がテンプスに聞き込みなどされてもまともに答えないだろう。そう思わせるだけの経験を彼は積んでいた。


「……マギア、頼りっぱなしで申し訳ないが、なんか使えそうな魔術知らんか?」


「あー……なくはないですけど、使うなら相応の準備がいりますよ、そう言う先輩の技術……パターンでしたっけ?あれにそう言うのないんですか?」


「ない――わけでもないんだが、ちょっと問題があってな。使用に制限があって今は使えんのだ。」


 魔女にマギアたちが狙われていると分かったあの日、密偵を倒した時の時計には人を追うためのパターンも記録されていたのだが――今はない。時計を再修復した際に消してしまっていた。


「実は、前は「時計」に入れてたんだが――『スカラ・アル・カリプト』のパターンに中身を変えたから、ほかのパターンを入れる余裕がないんだ。」


「うーむ……となると……先輩、一、二日待ってください、魔術の方はこっちで準備しておきます、明後日にはできるかと。」


「わかった、すまんね。」


「いえいえ、こっちも似たようなもんですし。ほかの魔女探し、手伝ってくださいね。」


 そう言いながら彼女は移動教室のために自分の教室に向かった――自分もそろそろ動こう、とテンプスもまた歩き出す。


 次の問題が起きたのは男子更衣室に彼が辿りついた時だった。

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