願わぬ遭遇

「この手の手紙を送られる心当たり辺りは?」


 眺めた簡潔な手紙を見つめた後輩の一言に首をひねったテンプスは胡乱な口調で言葉を返した。


「学校をやめろだの、直球に死ねだのと言われたことはあるが……無能で通ってる僕に学内武闘会を棄権しろと言ってくる奴は初めて見るな。」


 それは、この学校の人間の、自分を知っている人間にとって無駄の極みと言えた――放っておいても勝手に負ける奴相手にこんなもの送って何になる?


 自分が何秒で負けるのかで賭けすら行われている現状においてそれはあまりにも――意味がない。


「……その無能で通ってるって話自体、私にはいまいち実感がないので何とも言えませんけども。」


 胡乱な顔で告げる後輩に肩をすくめて見せたテンプスはからかうように笑いながら告げる


「実技は常に赤だ。」


「学科は常に一位でしょう?」


「身分も悪いし。」


「その理屈で行くと弟さんはどうなるんです?」


「顔もそれほど良くない。」


「私は結構好きですけど。」


「……それはどうも。」


「いえいえ。」


 一瞬、面食らった少年が次に何を言うべきか忘れた一間、沈黙が部屋を支配した。


 ちらりとマギアの方を目だけで見れば、にこりと、こちらに向けて笑う彼女が見える。その顔は自分をからかているようで、自分よりも年若く見えるこの少女が自分より年上の魔女なのだと改めて認識する。


「んんっ!まあ、ともかく。僕にこの手の脅迫をしてくる奴は見たことないな。」


 咳ばらいを一つ、空気を変えるように議論を戻したテンプスにマギアも表情を戻す。


「ふぅむ?となると……何が目的なんでしょう?」


「わからん――ちょっと調べてみるか。」


「この辺を?」


「扉を開けるまでそれほど時間をかけてない、それにまだ熱が残ってる、たぶんこの辺にいると――」


 そう言いながら、唯一の逃げ道である図書室に向かって歩き出した――その時だった。


「そこに誰かいるのか?」


 ――ひどくテンプスの神経に障る耳障りな声が聞こえたのは。


 その声の持ち主にテンプスは覚えがあった、以前話したのは――ああ、もう一年も前だ。


 それは彼が去年、学内武闘会で敗北し、そして何の因果か今年も最初にぶち当たるぶつかることになったらしい剣豪。


 ジャック・ソルダム


「おや………そうか、誰かと思えばテンプスくんだったのか。ハハッ、久しぶり。」


 気さく――悪くみれば気安く――話しかけながら歩み寄る彼にテンプスは内心のわずらわしさを感じさせない見事な笑顔を見せて応じた。


「……なんか見覚えある気がするんですけどは?」


「あー……先輩だよ、剣術部主将。君にかかわる話で言うと――オモルフォス・デュオの彼氏だった。」


「――ああ、なるほど?」


 そう言ってマギアの目が猫の様に細くなる――気配に一瞬でとげが宿った。


「――こんにちは先輩、去年ぶりでしたか?」


「ああ。こうして話すのはそれぐらいぶり……かな?ほんとに久しぶりだ――おや?そこにいるお嬢さんは、今話題沸騰している1回生の編入生さんか。初めまして、俺は3回生のジャック・ソルダム。剣術部の主将をしているよ。女子の部もあるから、興味があったら言ってくれ。マネージャーも募集しているからね。一緒にいい汗を流そう」


 朗らかな笑顔で言う、その笑顔は輝くようにさわやかで、まるで春一番が吹く草原を幻視するようにきれいなものだ。


 なるほど、この学園を代表する部活の主将を務める強豪。部内部外問わず多くのファンがいる。噂では交際した人数はたった3年で100人を超えると言われるだけはあるのだろう。


 女性を虜にする顔と声でもって後輩へのアプローチを行った彼は握手を求めて手を差し出す、そこからはそこはかとない自信が感じられた。


 その裏側を知る者には醜悪に見えるがそうでない物には魅力的に見えるその不思議な笑顔が、彼女にどの程度彼の意図した効力を発揮したのかはわからない。


 テンプスにわかるのはその手を一瞬じっと見つめた彼女ただ、花もほころぶような輝く笑顔で。


「――これはご丁寧にどうも、私は1回生のマギア。お初にお目にかかります、ジャック先輩。お噂はかねがね耳にしておりますわ。私はどちらかというと学者肌と申しますか……研究職に興味がありますので。今はまだご期待に添えることはままなりませんが、その機会があればどうかお力添えを。」


 と、典雅な一礼を見せた、さすがに王女の娘だと感心するように堂の入った一礼は彼女の育ちの良さと、いささか時代錯誤な雰囲気を同時にかもし出す――握手の概念がないのか、それとも単に彼と手をつなぎたくないのか、差し出された手には一顧だにしない。


「あ……はは、個性的な子だね。その挨拶の方法は、どこか古風な物を感じるよ」


 空を切った手を一瞬彷徨わせた伊達男は、しかし、なるほど女子の扱いにたけているだけはあるらしい、気を取り直したように笑って告げる。この様子だと100のうわさも伊達ではないのだろう。


「さて……テンプスくん。ここで会ったのもなにかの縁だ。みんなはああいうけど、俺はまだ諦めてないからな。是非、きみを我が剣術部に迎えたい。どうだろう、そろそろ入部を考え直してもらえないかな。」


「それはお断りしたでしょう?僕には分不相応な場所ですよ。」


「そうは言うけどね……君のお父さんはこの国一の断頭手で、剣技でも国に名の知れてるそうじゃないか、君の兄弟もなかなかの腕だと聞いているよ、君も剣だけならちょっとしたものだろう?それを伸ばさない手はないと思うよ。」


 そう言って心配そうな雰囲気を作って見せるこの男にいささかの苛立ちを覚えるのは何もテンプスが悪人だからではあるまい。


 そう考えながら彼の顔は彼の意図に反して苦笑の形を作っていた。

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