愚痴っぽい飯時
「――つまり、この時代の魔術はおかしいんですよ!」
「何急に――ああ、実技の授業、初めてか。」
「はい!なんですあれ?」
昼食の席で突然猛り狂った彼女に驚きながら、記憶をあされば彼女のセリフに対する回答が浮かんだ。
この学園においても魔術の使い手は尊ばれ――まあ学生、教員の大部分は使えるわけだが――ゆえに育成にも力を入れられる。
「魔術とは力であり英知である」とは勇者の仲間だった魔術師の言だそうだが、それが世の中に根付いてからというもの、魔術を扱い方を教える学校は増える傾向にある。
とはいえ、魔術は往々にして人に扱いきれぬ側面がある力だ。取り扱いには細心の注意がいる。
よって魔術の習得には明確かつ厳密な規定が必要であり、それを管理するのが『魔術師協会』だ。
これが発行する手引き――彼女が教科書と呼ぶそれ――に従って魔術の習得工程は決定され、使える術も決定される。
その手引きによれば、基礎学問の習熟には一定の期間を置く必要があり、そのためにマギアたちは今日に至るまで実技と呼ばれる教科がなかったのだ。
その上で、その実技科目にマギアは不満があるらしい。
「初めて見た時、あれが授業なんですか?休み時間とかのお遊戯なのでは?とか思いましたからね。」
「あら、なんとも挑発的なお言葉。」
「間違い……ってわけでもないですけど。何か――変なんですよね。」
「ふぅん?なにが?」
「全部です、随分と無駄なことをしてる感じですよ。教科書もなかなかどうして……効率が悪い。意地悪なことをしますね。」
「ふむ、悪いが君ほど魔術には明るくない、詳しく頼む。」
「む、基礎です基礎。通常、描く円のなかに符号を入れることで、陣が完成します。
「一般常識だな。」
「です、で、本来ならこの図形自体はそれほど複雑でも難しくもないんですよ――まあ、いろいろ修飾したり、付帯状況がついてきたりするので、そこらへんで差異は出てきます。見た感じどうも今の魔術、その辺がおかしいみたいなんですよね。」
「ふむ?」
「なんか幼少の頃から基礎を学び、つい最近実演を許されたとも偉そうに語ってましたけども、だったらなんか、こう……もうちょいすごいことしてるのかと思ったりしましたが、想像よりしょぼくて残念です。」
「知ってたんだろ?」
「ここまでひどいとは……てっきり、サンケイが平均よりちょっと上ぐらいだと思ってたんですよ、剣の腕もすごいみたいですし、それとの併用がすごいんだとばかり。」
「あいつ、この学校で君を除くと全学年で五本指だぞ。」
「見たいですねぇ……」
げんなりとしたように肩を落とす――その中でなお口がもごもごと動き、彼女の目の前に置かれた昼食の山が消えていくのはさすがというかなんというか。
「せっかく1200年でどのぐらい変わったのか見ようと思ってたのに、あんな程度だと……なんかこう……分かります?」
「がっかりしたわけだ。」
「あい。」
そう言ってぶーぶーと文句を言いながら本日のメインを食している後輩に苦笑しながら自分の分の昼食を口に――
「――?」
眉間にしわが寄る。
彼の常人よりもいささか過敏な感覚が扉の外にいる人間の存在をつかんだ。
この時間、自分の数少ない友人は自分の幾らかある用事をかたずけていてこの学園にいない。
弟たちはまだ昼食中だろう、それ以外にこの研究個室に来る人間はいない――少なくともここ一年そう言った人間にあったことはない。
『……ふむ?』
扉に視線を向けて、「目を凝らす」。
焦点が徐々に狭まって、世界の内側に流れ、籠る、無数のパターンの流れを見つめる――扉がまるで薄紙の様に隔てた廊下にあるのは明確な害意と敵意だ。
「……ずいぶんと忙しい奴だな。」
何もこんな時間に来ることもないだろうに……と嘆息しながら椅子から立ち上がる。
「?どうか……」
どうかしたのかと尋ねる後輩を片手で止めて胸に手を入れて時計を取り出す。
龍頭を押し込む。回さずに押し込まれた龍頭に対して時計が起こした変化は微細だ。
がちりという音が鳴り、文字盤がかすかに光る。
そのまま胸に押し当てれば彼の纏った気配が変わる。見た目は変わらないが明確に何かの変化を感じる――『簡易起動』だ。馬車にひかれる直前にも行ったそれは、不完全なオーラの展開を行う緊急機構の一種だ。
鎧の形に成形されない多大なオーラは鎧のような強化をもたらすことはないが魔術に対する耐性と衝撃に対するクッションのような役割を果たす。
鎧ほど完全でもないが奇襲への対策を整えた彼は後ろの後輩に視線を向ける。
すでに椅子から立ち上がり彼の後ろで魔術の準備を終えた彼女はテンプスに向けて一つうなずいて見せた。
どうやら援護は期待できるらしい――普段よりもよっぽどましな状況だ。
「――準備は?」
「あなたがいいならいいですね。」
深呼吸を一つ、扉に手を掛けて――勢いよく開けた。
「――」
「……んー?」
視界に移った景色をみて、後ろの後輩と二人で首ひねる――そこには何もなかった。
「なんもいませんね。」
「……なにもないわけではないらしい。」
言いながら、彷徨った視線がある物を見つける――地面の上に置かれた紙だ。
「なんです、それ。」
「……手紙かな?」
拾い上げたその紙の上に踊るインクの流れは確かに文字を示して見えた。
『――1月後の学内武闘会を棄権せよ、さもなければそなたに禍が降りかかるだろう――』
そんな文言で終わった紙面は、見れば見た分だけ同じ感想を抱かせた。
つまりは――
「脅迫状……かな?」
「みたいですねぇ?」
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