因縁ある男
武闘会とは、剣などの装備と培ってきた魔術を用いて、個人戦で勝ち進む伝統のある由緒正しい模擬戦だ。
学園に通う生徒は低学年から高学年まで男女無差別でトーナメントを組まれ、時として大きなハンデを抱えてでも戦いに臨む不屈の心を示さなければならない――聞こえはいいが言ってしまえば脳みそに筋肉をつけている連中のための競技だ。
男と女では、やはり筋力と体力とでは大きな差がある。至極当然のことで、ゆえにこそ、この学園にも男子生徒の方が多い。
が、女子は明確に存在するし、その女子もまたこの学校の生徒だ、彼らは卒業してからは世界に蔓延る悪を戦う組織に属する者――まあ、テンプスは違うのだが――が多い。
悪とは往々にして無慈悲で惨酷、学園の外を出ればなにも保護下にもない無差別で自己の努力だけですべてをこなす世界となる。
よって、男女差別――いや、区別か?――を排したトーナメント戦が開催された。
と言ったとしても、当然の事として武闘会には「参った」などの降参が許される。「外の世界を模している事」と「外の様に無慈悲に殺してもいい事」は別だ。彼らに許されているのは当然だが「訓練」で済む範囲のことである。
――そう、本来ならそうなのだ。
「では先輩。私たちはここで失礼します」
隠された本心を誰にも伝えぬまま、校門にたどり着いたテンプスは振り返った後輩の声で物思いから現世に意識を返した。
「ああ。気を付けてな。あと手首の拭い方が甘いぞ」
学園の正門に近づく頃には、あの大きなケーキを完食して、ハンカチで口元と手を拭うマギアがテンプスから離れていく。
さて、と一つ息をついた。
朝のホームルームまで時間がある、教室にいても白い目を向けられるしで散々な時間となるのがわかっている。自然テンプスは研究室に足を運んだ。
いつも通りに鍵の掛かった室内はあの1200以上年上の後輩によってずいぶんと汚染されてしまった。
が、それでも、彼が落ち着ける数少ない場所だ。彼女の食事用として使われている部屋の中央を占拠する机を躱して、彼は自分の机に向かってカバンの中に突っ込んであった紙を引き出して広げた。
「――内部機構はもうわかってる、問題は……外装か。」
ぶつぶつと口をついて出る思考は彼の癖であり、彼が行き詰まっている証だった。
彼の作っている新たな装置――それも『武器』である「それ」の製造は行き詰っていた。
『一番の難所は越えたつもりだったが――まさか、ここで二の足を踏むとは……』
内部の構造は完成しているのだ、あとは組み立てるだけ、一週間もあればできるだろう。ただ――それを包む外装ができない。
作り方はすでに把握しているのだ、ただ――材料と作るための設備がない。
材料そのものを作る方法は分かる――祖父が見つけ出した「時計」と共に存在した資料に描かれていたが、それを作る方法がない。これもまた設備がないのだ。
いうなれば、外装を作るための設備を作るための設備を作る必要があった。その上、材料の作成には非常に綿密な計算と人力では実現不可能に思える細かで精密な作業が必要になる。
おまけに彼にはこの設備の作り方がわからない。想像はついているがそれが正しいのか試すだけで莫大な時間がかかる。
とてもではないが一月の間に作ることができるような代物ではない。
これがなければむき出しの機構は遠からず機能不全を起こすだろう、ただ形の複雑さ故、鉄等での作成は困難だ。
苦悩が顔に浮かぶ。実際のところ、サンケイの読みはあながち外れてもいなかった。
彼が気に病んでいたのは何も後輩によって致命傷を負わされるだろう財布の心配だけではない。後輩や弟の手前、ああいったものの前年の敗北は彼に対して一定の後悔を生んでいた。
「あんな真似」で負けて悔いの残らぬ方がどうかしているが、それを他人に愚痴るつもりもなかった。
『弱点を狙うのは、まあ、正規の戦術だからな。』
問題は狙い方だ。
とはいえ、言ったところで所詮言い訳だ。
『だから、今年はと思ってたんだが……これはたぶん無理だな……』
目の前の設計図もそのためにひいたものだ、資料の精査を行ってどうにかしようと作業を始めたのだが――どうしても外装だけがどうにもならない、代用品も検討はしているが、仕様を満たせそうなものは見つかっていないのが現状だ。
『時計はともかく、こっちができてれば勝てると思ったんだが……』
あの騒動が終わって一週間経っても彼の研究には課題が残ったままだ。
『ま、仕方ない、来年に回すか。別に何が何でも勝ちたい理由もないしな。』
『因縁のあるアイツ』には逃げ切られるが、致し方あるまい。
そう考えて天を仰ぎ、ふと周囲に目を配れば、見覚えのない書類の束が備え付けのポストに投函されていた。はて、また誰からかの不幸の手紙でも来たか?と首をひねってみれば――
「学内武闘会予選について?もう発表されてたか。」
さて今年はどんなもんだろうかと、とりあえず予選表に目を通したテンプスはすぐに眉をひそめた。
「剣術部主将、ジャック・ソルダム」
決して愉快に思えぬ名前が紙面に踊った。
「……また、こいつか……」
不満をこぼす、それは昨年も見た名前だった。
これが彼に遠い日の苦難を与えた人物であり――
『あの魔女の協力者……あの魔女から父親と目されていた男……』
「これも因縁……か?」
口の端に上る苦笑を彼は抑えなかった――いや、単に抑えられなかったのかもしれない。
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