気の重い原因
通学路にて。
テンプス・グベルマーレとマギア・カレンダが同じ通学路を通うようになってまだ3日にも満たないが、彼女はそんな時間さえもたまらなく嬉しそうで、楽しそうで、朝っぱらから買い食いに精を出していた。
その姿は一種異様で、必ず中に食品の詰まった紙袋を一つ抱えて彼女は通学路を歩き――そして学園につくころにはからの袋すら所持せずに正門をくぐる。
『……本当、よく食う娘だ。』
あれで太らないと言うのだから世の中わからない。
ちなみに、本日はケーキの気分だったらしい、ケーキ屋がオープンしたその時間にわざわざそこを通ってケーキを買い。テイクアウトにしては専用の箱を持たず、どのような魔術か両手で持ち上げて店を出た。鞄は手も使わずに浮かせている。
花の十代がケーキワンホールを朝一番にテイクアウトして、学園に到着する前にそれにかぶりついて平らげてしまう。
まるで獣じみた食欲の少女を見ているとこちらの胃も膨れてくるような気がするのだから世の中不思議だ。
「あ~むっ、もふ……ふふっ。」
そして今日はチョコレートケーキワンホール。いつもみたいに従業員にドン引きされながら、焦げ茶色のそれをひとくち。
「むふふ……むふぅ。」
「……君、蘇ってからずっとそうなん?」
「?はい、私の居た時代、こんなにおいしいものありませんでしたし。この時代はこんな甘くて美味しいものがあるんですねぇ、朝と夕の楽しみで、私は胸いっぱいです!」
「食べ過ぎだ。そんなんで財布の中身とか心配にならないのかよ」
「ご心配なく。実は私、これでもお金持ちなんですよ」
「どういうこと?」
「私がこの学校に入った理由になってる理由、知ってますよね。」
「ああ、『土の魔術の派生と目される鋼属性への変質条件』の論文だろ?」
「あれ、売ったんですよねー」
「ほう、それはまた……ずいぶん豪勢だな。」
論文――と言うか、研究の売買というのはこの手の業界ではよくある話だ。
実際、祖父もそれで糊口をしのいだことがあるくらいだ。それも今の世の中で注目されている魔術関係の論文だ、値段もひとしおだろう。
「まあ、今の魔術師にあれを解き明かすのは無理ですし、世の中への貢献もかねて?みたいな。」
「先立つ物がなかっただけでなく?」
「それもありますけどね。それに……憧れてたんですよ」
「なにが?」
「おいしいものおなか一杯食べるの。」
「……ああ、なるほど。じゃあ仕方ないな。」
思い返す。なるほど、彼女の来歴を考えれば食事や生活がそれほど豊かでも愉快でもなかったのは想像に難しくない。
腹いっぱい食べられないのも当然のことで――ならば、まあ、そう言うのもありだろうと思ったのだ。
「まあ、食べたかったら食べればいい。太っても知らんが。」
「脳で使ってるので問題ないです!」
「さよか、ただ君、飽きねぇ?」
「いえ別に……ただ、ほかにも候補はあるんですよねぇ。あのおっきいお店の……ほら、あの……白い……花みたいなにおいの……お乳みたいな……なんでしたっけあれ?」
「あー……アイス?」
「ええ、デスです!あれ、お店でしか食べられないじゃないですか!お店ゆっくり行ってる時間なくて食べれなかったんですよねー食べたいんですけど……」
「……今度おごってやるよ――この前、昼飯おごり損ねたし。」
「ホントですか!んふふー、楽しみ……」
「――兄さん!マギア!」
早まったか?と自分の財布の残量を危ぶむテンプスの後ろから知った声が響いた。
「ああ、おはよう。サンケイ」
「おはようございますサンケイ。良い朝ですね」
「ああ、そうだね。あー……すごい食べるね。」
「日課ですので!」
そう言って少し場からない胸を張って見せる少女に苦笑しながら、弟はこんなことを言ってきた。
「どうしたんです、兄さん、なんか気が重そうですけど。」
「んぁ?いや、ちょっとな。」
「……1ヶ月後の学内武闘会ですか?」
「あー……」
言われて思い出す。先ほどまで隣の獣の食欲に掻けされて忘れていたが――
「そう言えばそんなもんもあったなぁ……」
「なんですそれ。」
傍らでケーキを完食した後輩が不思議そうに声をかける――彼女は知らないだろう。この学校独自の制度というか……行事だ。
「んー……この学園、毎年トーナメント戦が行われるんだよ。1ヶ月後に予選を始めて、それから勝ち上がったひとに本戦参加権が与えられる……競技。か?」
「公的に学院で最強が決まるんだよ。僕も出たことがないからわかんないけど、細かいところは分からないけど。名誉なことなんだって聞いてるよ。」
「へー……先輩は去年でたんですよね。どこまで行ったんです?」
「ん?一回戦敗退。」
「……はぁ?」
心底驚いたように彼女が顔をゆがめる――実際、かなり驚いていた。
確かに彼には魔術に弱い欠点がある、が、それを除けば自分が今まで見てきた中で一二を争う戦士だ。そんな人間が学生相手に敗退するなど考えられなかった。
「……先輩が負けたんですか?学生に?怪我でもしてました?」
「してない……が、まあ、いろいろあったんだよ。」
そう言ってテンプスは顔を顰めた――本当にいろいろあったのだ、あの競技では。
その表情に不信を感じたマギアはチラリとサンケイの方を見つめて――こちらも同じように表情をゆがめているのに気がついた。
聞くべきでない事なのかもしれない。と考えたマギアが口をつぐむ。
そんな彼女に険しい表情を一瞬で消したテンプスはあっけらかんと言う。
「ま、今年はテッラだろ。それか君。」
「そんなことないよ、先輩だって強い――んだよね?」
「そこで「聞く」あたりが自信を感じるよな、まあ、今年は頑張れ。僕は研究個室から応援してるよ」
そう言ってひらひらと手を振る。もう一度あれに出るつもりはなかった。
「今年は出ないんですか?」
「ほぼほぼ強制参加だし出はするけどなぁ、どうせ一回戦で終わりだろうし。」
「あの時計があってもですか?」
「あれは学生同士の競技で使うもんでもないからなぁ……」
そう言って懐の懐中時計を撫でる――使えば並々ならぬ記録を出せる自信はあったが、学生相手にこれを使うのはお門違いな気がした。
なんというか――子供のけんかに必要もなく親が出張ってくる感じと言えばわかりやすいだろうか、みっともなさすら感じてしまう。
「ま、別に学校で一番強いやつになったところで、僕の就職先は決まってるし……気にせんでもいいさ。」
そう言って、会話を打ち切る。
――この時の彼は本心からそう思っていたのだ。この時の、彼は。
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