二度目の受難・あるいはいい加減やめるべきあれこれの話

新たな日々

 俗にデュオ家の凋落と呼ばれ、世界に衝撃を与えた大事件から1週間。


 世界は混乱の只中にいた――と言うと、あまりにも大げさだったが決して小さくない混乱が世界を覆ったのは間違いない。


 何せデルタ・デュオは建設関係の業界では寵児と呼ばれた傑物であり、彼に期待や――利益を求めた人間は多い。


 数多の関連企業や提携先が被害を被った。


 倒産、事業収縮、破産――被害にもいろいろだ。


 寄らば大樹の陰とばかりに集まっていた人間は突然放り出された日向で追及と猜疑の目にさらされて喘ぎ、一説ではこの件は悪魔の使いの起こしたわざわいであり、それを殺さねばならないとうそぶく人間すらいるらしい。


「――よくもまあずいぶんと勝手なことを……」


 春の清流の様に透き通っている綺麗な声が郊外の殺風景な土地に立つ、ぼろい屋敷の一室に苦々し気に響いた。

 手に複数の紙切れ――新聞をもって話す少女の言葉にまとわりつくのは呆れとかすかな怒りだ。


「いつものことだよ。」


 と、返すのはこの家の主――テンプスだ。あっけらかんと言うその声には一ミリの期待もしていないような諦めがにじんで見えた。


「そりゃそうですけどねぇ……先輩はいいんです?なんか悪魔呼ばわりされてますけど。」


「いいさ、深く知らん人間が何言ったって所詮他人事だ。」


「むぅ、大人ですねぇ……私だったら書いた人間がどっか可笑しくなるまで付け回して、撤回と謝罪記事書かせますけど。」


「実の仇相手に手が出せないって消えようとしてたやつがか?」


「逆に聞きますけど、1200年物のストーカーですよ私。こっちの方が得意分野までありますね」


「……そう言われると説得力あるな。」


「でしょう?んふふ。おいひっ。」


 言いながら目の前で食事をほおばる彼女を見て苦笑する――この少女は本当によく食べるな、と思いながら。


「――?どうかしました?」


「あー……いや、そういえば挨拶がまだだったなと。」と言いながら奇妙な隣人に告げる――


「――おはよう、マギア。今日もいい朝だ。」


「おはようございます、テンプス先輩、今日もご飯がおいしい。」


「そりゃ結構なことだ。」


 そう言ってきらきらと瞳を輝かせる少女――マギアがこの家にまで活動範囲を伸ばしたのはあの話し合いから一日たった後の話だ。




「帰れなくなりました。」


「はい?」


 突然の来訪者は彼にそう言って玄関を叩いた。


 その突然の来訪者は、テンプスが研究個室での「話し合い」を終えて自宅に帰り着き、久々に晩飯でも食おうと思い立った時に現れた。


 数時間前に別れた少女は何やら大荷物をもって扉の外のすでに夜の帳の下りた殺風景な土地にぽつんと立っていた。


「……どういうこと?」


「実は……その……私、あの屋敷の脇にある廃墟で生活していたわけなんですけど。」


「急にぶっこんでくるね君。」


「ま、その……事実ですから。」


 言いにくそうな少女が語るところによれば、彼女はあの屋敷を見張るべく、近場の廃墟に身をやつして生活していた彼女だったのだが――どうやら屋敷での大立ち回りの影響で張られた規制線でその廃墟に戻れなくなっているらしい。


『どうせ一日のことだから……』と先日は学園の中庭で眠ったそうなのだが……テンプスの説得を受けて彼女はここに残ることにした、それ自体に悔いはない、ただ――


「住むところがない。」


「……はい。」


「ふぅぬ……それで、どうしたいんだ?」


「……その、一晩軒先でも貸してもらえればなぁと……」


 一通り話を聞いてテンプスはいくらかの案を立案した。


 一番使い物になりそうなのは叔母の家に泊めることだ。


 叔母は人柄――と言っても大部分の人は知らないことだが――からこの町で宿をやっている。それほど繁盛しているわけでもない、年寄りの道楽に近い代物だが、間違いなく宿だ。泊まれるかどうかで言えば、間違いなく泊まれるだろう。


 とはいえ、そうなると幾らか問題がある。魔女関係の諸々だ。


 彼女の来歴を叔母に話さなければならないことや弟の精神衛生云々もあるが、何よりも町のど真ん中で魔女や、それに類する何者かによって襲撃を受けてしまう場合、叔母や弟が巻き添えになる。


 自分はある程度魔女連中の術に抵抗可能であるのはあの魔女の魔術で確認済みだ、すべてがすべてあの魅了の様に無効化できるかはわからないが、それでも抵抗できずにやられた弟に比べればまだしも可能性がある。


 そうなると、方法は限られてしまう。


 思案する。幾らかの社会的影響と――心理的な諸々を考えて目の前でしょぼくれている後輩を眺める。


 ――まあ、悩むことなど何もなかった。


「――わかった、次の住処が決まるまでここにいていい。」


「ぇ、いや、そこまでは……」


「そのほうが早いだろ、一般の宿に泊まれないからわざわざ僕の家まで来たんだろ?」


「……まあ、そうなんですけど。」


「じゃあ、仕方ないだろ、軒先に居られるのも気になるし、この家は無駄に広いから部屋はある。」


「むぅ……いえ、でも――」


「爺さんと僕の研究資料もあるし。」


「住みます!今からでいいですよね!」


「じゃなきゃ言わんよ。」と言った時にはすでに彼女は家の中に上がり込んでいた。






 そして、かれこれ一週間が過ぎて――今こうなっている。


『新たな日々……ってか?』


 これが正しい案だったのか、今のところわからないが――本人はそれほど後悔していなかった。

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