幕間 勘違いしている人々

とある転生者の苦境

「どういうことだ? どうしてこんなイベントが発生した?」


「俺が知る限り、こんな展開はあり得ないはずだぞ……?」


 夜の帳が下りた居室である男が頭を抱えていた。


「なんでオモルフォス様が、アイツに――」


 口に出した直後、自分があの忌むべき女に様付けしていると言う事実に愕然とし体を震わせた。


「違う!違う違う違う!!!」


 叫んで頭を抱える。


 ベットに向かって拳を叩きつける。


 こんなはずではなかった。


 彼は混乱の極みにいた。


 だってそうだろう、いくらかの計算違いこそあったが兄は彼の計画通りにあのくそ女の家に行ったはずだ。


 これは兄の好感度が高い時に起こるイベントで、序盤で最も効率的に強装備を手に入れる方法だったはずだ、


「復讐代行人」のクエストから派生するシナリオであり、凶――強ではない――キャラと強装備を得られる優良イベント


 元々のイベントでは「復讐を行うために千年の時を生きた魔女と共にその犯人を追う」アニメ本編と同じものものなのだが、ここで『死刑執行人の息子』の好感度をかなり稼いでいる場合、彼が調査に協力してくれるようになるのだ。


 そして、その過程で大企業の令嬢が転生者であり、魔女の復讐対象であることが分かる。


 その女に復讐を行うことがこのイベントの目的である。


 しかし、ここで厄介になるのがこの令嬢の取り巻きのように出てくる二体の魔族であり、この段階の主人公では決して勝てない性能をしているのだ。


 おまけにこいつらとの戦闘はさらわれた状態で行うために一人で行わなければならない。


 アニメ本編ではいくつかの奇跡と主人公本人の特異性で潜り抜けたこのイベントを効率的にを回避する唯一にして、最も効率的かつ胸に悪い方法がこの『死刑執行人の息子』を使った派生イベントだ。


 このイベントは『執行人の息子』が一定以上――かなり高い必要がある――の好感度を持ている場合にのみ発生し、彼がにさらわれるというものだ。


 怒った主人公は邸宅を仲間とともに襲い、兄を救出しようとするもあえなく失敗、兄に遺品として祖父の遺産である『太古スカラーの装備』の在処のカギを渡して息絶える――はずだ。


 ここで手に入る装備、『太古スカラーの装備』はかなりの性能を誇り、強化を行えばラスボスまで持っていける性能をしているかなりの逸品である。

 また、本来のイベントであれば魔女はこの世にとどまるための魔力を使い、糞女と相打ちになりアニメ本編と同じように能力にいくらかの制限が付いた状態になるか、もしくは能力の大半を失って仲間になるのだが、このイベントではそれが起こらないのだ。


 だから、転生者はみんなこのイベントを狙っていたと言っても過言ではない、そんな中で自分は一番このイベント達成に近い位置にいた、自分がこのイベントを起動に持ち込んだから彼らはあきらめていたのだ。


 なのに――


『――なんで事件が解決してる!?』


 これではわざわざほかの転生者に頭を下げてまでゲーム版のシナリオ情報を手に入れた意味がないではないか!


 そう、これはアニメ版のシナリオではない。


 アニメ版においては彼の兄は以前語った通りに弟のいけにえになって死ぬ。ただし、サンケイ・グベルマーレが主人公の位置に居ついている時点で本編にそのままのルートというのはあり得ない。


 ――そう、これは彼が以前よりゲーム版の「一部の情報」を持っていたことを意味する。


 アニメしか知らない彼は『自分と同じ地方に転生した転生者』からゲーム版の情報を手に入れていた。


 そうでないルートの情報を得ていなかった彼は恥を忍んで他の転生者との情報の共有を行ったのだ。


 そこで得た情報をもとに、彼は計画を立てた。


 幾らかの修正は必要だったし、代償も払った。それでもここまで、彼の『人生設計』は問題がなかった。


 狂い始めたのはあの日――石棺を兄が庇った時だ。あの時にサンケイはテンプス・グベルマーレと芋部が自分悪計画を外れつつあることに気がついた。


 そこからは狂いっぱなしだ。一つもあってきていない。


 彼が狂気の計画を建てた夜、彼は塔と自分悪計画の決定的破綻を理解して――それをどうにか修正しようとした。


 結果があれだ。みじめな姿をさらし――いったい何が起きてこうなっている?それに兄の、『死刑執行人の息子』のあの姿はなんだ?


 あの時、魅了で軋む脳に移った記憶に残るあの鮮烈な姿を思い出す。

 あんな姿のキャラクター見たこともない。自分がアニメ版で得るはずだった力とも違う。それにあの強さは?あいつはただの装備の引換券では――


「あぁぁぁ!嘘だ嘘だ嘘だあぁ!」


 自分の理解できない事に絶叫する。


 自分の計画がつぶれた事に対する恨みと自分があの女にひれ伏していた事に対する恐怖。


 そして何より――自分の立場を兄に、あるいはただのモブキャラに奪われたことに対する絶対的な怒りを湛えて、彼は叫び続ける、それをただ、窓から差し込む月だけが見ていた。







「どういうことだ? どうしてこのイベントがこんな終わり方してる?」


「俺たちが知る限り、こんな展開はあり得ないはずだぞ……?」


 同じ月の下、どことも知れぬ暗い室内で何人かの人間が話していた。


 議題は先日起きたオモルフォス・デュオ――いや、キャラクター名「偏愛の魔女」にまつわる一連の流れについてだ。


「なんであのモブが魔女に殺されてねぇんだ?誰が倒した?あいつの弟に転生した奴が狙ってたんだろ?」


「ああ、今学園で騒がれてる三渓の奴が……くそ、アイツとも連絡とれねぇし……」


「何がどうなってる? マジで意味がわからないぞ……?」


 彼らの知りうる限りこのような事態になる理由はない――いやありえない。


 ゲームシステム的にありえないのだ。プログラムを解析した結果、そのようなシナリオが組まれていないことがすでに明らかになっている。


 当然、仲間になることもない。なんせアニメ、ゲームともに最序盤の中ぐらいで死ぬ上にそこ以外では一切出てこないのだ。


「アニメの没脚本とか……」


「あるわけねぇだろ、何であんなモブが活躍するんだよ、主人公食ってんじゃねぇか!」


「じゃあ何でだよ……ってか、どうやってやったんだ?あの『魔力不適合者』に魔女に勝つとか絶対無理だろう?魔術抵抗マイナスだぞアイツ。」


 それはゲームを解析した、いずこかの有識者が乗せた攻略サイトの情報であった。


 魔術に抵抗、もしくはダメージを軽減するためのステータスがテンプス・グベルマーレには存在しない、むしろマイナスになっているのだ。


 その値になると、むしろ魔術によって受けるダメージや効果時間、影響の幅が格段に増える。


「そんな奴がどうやって魔女なんて倒すんだよ……」


「知らねぇよ!でも現に生きてんだろ!」


 議会は回る、されど進まず――そんないつかの言葉を思い出す会議は空回りし、いらぬフラストレーションをためていく。


「――まあ、別にいいんじゃない?」


 そんな不毛なもめ事をいさめたのはある一言だった。


「結局あの男がやったのってあの豚女倒しただけでしょ?操られてた魔族騎士二人を倒したって言うならあれだけど――らしいし、たぶん、直接戦闘しないで何とかしたんでしょ。」


「どうやってやるんだよ、アイツ、NPCだぞ。」


「弟君が何かしたんじゃない?寸前で情がわいたとか……だから、こっちに顔が出せないとか。」


「……ふぅん?なるほど、筋は通るな、でも、マギアがあいつのとこにいるんだぞ?」


「別にいいけどね、僕巨乳派だし、むしろ、弟君のパーティーメンバーの方に興味あるよ。」


「お前な……」


 呆れたような声にかぶせるように最初の声の主が言った。


「あのがらんどうがアニメ主人公の位置についてるって言うんなら、次のシナリオはでしょ?確実に死ぬじゃん。」


「――ああ、なるほど。確かにな、あれは戦闘抜きで回避できるシナリオじゃない。」


「でしょ?なら、そこで、改めてマギアをどうするか決めたって良い、弟君にはその席には不参加ってことで、一回やったんだから次は僕らにお鉢が回ってきてもいいころだしね。」


「――そうだな、そうするか……」


 こうして、一応の終息を見た会議は終わり、人の気配が消える――彼らが自分たちの判断が甘かったと思うのはもう少し先の話だ。

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