これでもあいつの兄貴だ

「――僕?」


 聞きながら首をひねる──聞かれた意味が理解できなかった。


「はい。私は貴方の弟さんを──あそこまでして守ろうとした人間の人生に介入してきた異物ですよ?排除した方がいいに決まってるでしょう?」


「ふむ……」


「だって言うのに、あなたは矛盾したことをしてる。私がいなくなれば、新しい魔女がサンケイを襲うことはない。もし、襲ってきても少数でしょう、あなたがいれば対処できる。守ることほうがずっと簡単でしょう?なのになぜ、私をここに留めたがるんです?」


 なるほど、傍から聞いても彼のやっていることは支離滅裂だ、守りたいと言う人間のそばに厄介事の種をまいているのだから。


 それこそ、畑で野菜を取るためにミントを蒔いているのと変わらない、成果の出ない不毛な行為だ──他人から見れば。


「君は一つ、勘違いをしてる。」


 彼はそれを理解して、だからこそ、言葉を紡ぐ。彼女の勘違いを正す必要があった。


「勘違い?」


「僕は何もあいつだけを守ったりしてるわけじゃない。」


そう言って、マギアを見つめる。


その顔にはありありと困惑が見えた。

「僕は『僕にとって大事な奴』を守っているんだよ。」


「あなたにとって?」


「だから、初めて会ったあの日、君に言った。「」って、だ。弟だけじゃない。」


 首を振りながら言う、顔を伏せる彼女がそれを見ているとも思えなかったがつい動いてしまった。


「確かに、この学校は僕にとって居心地がいい場所とは言えない。悪い事なんて吐いて捨てるほどある。ただ――」


 思い返せる「いいこと」はひどく少ない。ごくかすかで――けれど彼にとって大切なことだ。


「――だからって、すべてがすべてどうしようもないわけじゃない。ごく少ないながらも友人はいるし、弟のおまけ程度とはいえ、関わってくれる後輩だっている。」


 弟のチームのメンバーを思い出す。


 フラル・アナモネ。

 炎のように苛烈かつ豪快に物事を進め、なぜか自分を義兄と呼ぶ少女に振り回される時間をテンプスはどこか楽しい物だと感じている。


 アネモス・アネモネ。

 怜悧で卓越した知性を持つ彼女との会話は彼に風に吹かれるような清涼感と真新しい発見をくれる。


 ネブラ・ルネ

 何を考えているのかわからないこともあるが、回り道を嫌い、単純に生きる彼は水のように純粋で、あの純粋さをうらやましく思うことすらあった。


 テッラ・コンティネンス

 大地のようにどっしりと構える彼はまるで母のように弟とその仲間を見守っており、彼がいれば弟がどうしようもない事態になることはないだろうと信じられた。


 彼らにとってテンプスは弟のおまけかもしれないが、それでも、テンプスは彼らに感謝していた。


 友人ではなくとも、自分の手が届く範囲なら助けようと思える相手であった。


「君も一緒だ、君は僕の――実年齢はともかくとして――後輩で、友人で、共同研究をしてくれた最初の一人だ。」


 あの館で語ったことは本心だった。楽しかった、彼は祖父以外とあんな話をしたのは初めてだった。初めて、こういうことができる他の学生を羨ましく思ったぐらいだ。


「あの館で言っただろう、君も死なせないし、僕は逃げない。何かが向かってくるなら打ち倒すまでだ――ちょうど、君のおかげでできるようになったしな。」


 そう言って時計を振って見せる。これに秘められた力はまだあるし、あの魔女を倒した感覚的に不可能ではないと感じている。


「……」


「――君が君のことを嫌いなのはわかってる。」


 目に淀む暗い光を思う。


 水面に映った自分と同じそれは、彼女の心の中にある疑問だ。


『なぜ生まれてきたのか?』


『生きていていいのか?』


『死んでしまうべきでは?』


 そう思う気持ちを彼は否定できない、どこまで行っても他人にできることなどたかが知れているし、他人が言ってもどうこうなる物ではない――自分がそうだったように。


「でも、僕は君の事好きだぞ。」


 だから、気持ちを伝えた。


 彼の思いだ。彼女の疑問の答えではなく、彼女が自分を許すための材料を与えた。


 効果は――


「ぇぴ?」


 ――それなりにあったらしい。


 しゃっくりのような声を上げてマギアが顔を上げる――よく見えないが、ちょっと顔が赤い気がしないでもない。


「たぶんサンケイもな。いつもの四人もそうだろう。」


「ぁ、ああ、そう言う……」


 少しばかり残念そうにマギアが言って顔を下げる。


「もし君がこれから起こるかもしれない問題に不安があるというのなら――」


 言いながら時計を見せる。太古の大いなる力、この手に握られた最高傑作。


「――信じろ、これでもあいつの兄貴だ、何とかしてやる。」


 先日、あの館の一室で語ったのと同じように告げる。


 それを聞いて、マギアがゆっくりと顔を上げる。目線を合わせる。その目には明確な光が見いだせた。


「――私は消えるつもりだったんですからね?」


「知ってる。」


「ここにいるのは、あなたが言ったからですよ。」


「だろうね。」


「その気にさせた責任、取ってくださいね。」


「失望させないようにするよ。」


「……じゃあ、よろしくお願いします――先輩」


「うん、よろしく後輩。」


 そう言って手を差し出す。彼女はその手を――取った。

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