あなたはどうなんです?

「貴方が突然助けてくれって言った時、もうどうしようもないところに来ていることを初めて知った。私の問題だったのに、いつの間にかあなたの問題になっていた。」


 昨日の昼、中庭に向かう前に話したことを、吐き捨てるように言う。


 まるで血を吐きながら続ける懺悔をテンプスは止めなかった――たぶん、止めたら彼女は本当に何かになってしまう。


「あの時には――もっと前に終わらせるべきだったのに、何もかも先送りにして、見ないことにして、あなたのやったことで悦に浸ってた、本来は私がやらなきゃいけなかったのに、あなたにやってもらおうとしてた。最後の最後、自分にしかできない事だけやってここに居座ろうとしてた。」


 それは、どうやらあの『密閉』とやら呼ばれるものに関連しているのだろう、何かしら要件がそろわないと使えない魔術なのだろう、テンプスはあの中庭の一件でその要件を満たしたのだ。


「目を離すべきじゃなかったのに、浮かれて、楽しんで、協力してくれた人から目を放した。「すぐには動かないはず」なんて、適当なこと言って、自分を納得させて。自分の手柄でもないのに有頂天になって――助けなければいけない人から目を放した。」


 声にどんどん憎悪が積み重なっている、自罰的な性質の人間にありがちなパターンだ。


「間抜けに罠にかかって――サンケイにも、あなたにもひどく傷を負わせた。解決できるだけの力があったのに失敗して、地面に倒れているあなたのことを助けられもしない。」


「1200年も待った瞬間も結局他人のお膳立てだった。あの殺したいぐらい憎いはずの女に引き立てられて何もできないで虚勢を張って――」


「――あなたに助けられた、一人じゃ何にもできなくて、おばあちゃんの仇相手に何もできず床に転がって、ひどい目に合わせたはずの貴方に助けてもらった。」


 もはや彼女の口は止まらない。止めようとしても話し続けるだろう、枷が外れてしまった。


 テンプスは彼女のこの状態に覚えがあった、自分もはるか昔に同じようになった記憶がある――


「まずいってわかってたのに、心のどこかであなたが何とかしてくれると思ってた。あの家も、私の問題も全部。」


 ――彼女は今、自分のことが嫌いでしょうがないのだ。


 あの日、初めて家から離れに追い出された日、彼が毛布にくるまりながら考えたのと同じことだ。


 今ではそうではなかったと思える、ただ、そう思うためにひどく時間が必要だったのも事実だ。


「――倒れてるあなたを見て分かった、結局……あの日から何も変わってないって。」


 言いながら泣き濡らした顔を上げる。失望と恐怖の色。自分自身が嫌で嫌で仕方のない人間の顔――、祖父が来る直前までじっと見ていた池のほとりで水面に映った自分とそっくりの顔。


「おばあちゃんに庇われて、妹とお母さんを解放できなくて――結局今も人に迷惑をかける事しかできてない。それしかできない人間。」


 そう言って笑う彼女は全身を刃物で切り裂かれたように傷だらけに見えた。


「わかるでしょう、魔術の上手い下手じゃない。頭の良し悪しでもない――私は、人と関わっていい人間じゃないんです。。」


 そして、再び顔を伏せる。見られたくないのだろう。彼女の思考はパターンを読むまでもなく理解できた。


「だが君がここに来たから、僕はまだここにいる。」


 だから反論した。


 あの日祖父がそうしてくれたように。自分に価値がないなんて彼女自身にも言わせないために。


「君が来ていなければ、僕はなぜあの女が嫌いかわからないまま、あの女を嫌って――たぶんあの女の托卵だか、あるいはもっとひどい計画に巻き込まれただろう。」


 結局のところ、マギアを警戒する動きとは別の場所でオモルフォス・デュオは自分が妊娠していると勘違いしていた。


 ということは結局のところ、あの魔女は誰かに托卵を行うつもりだったのだ。そして、あの女の性格から考えるとその生贄に選ばれたのは自分の可能性が高い。


「あなたならもっと上手にやれましたよ。」


「僕はそうは思えない。ここまでこれたのも――この時計が完成したのも、君のおかげだ。」


 そう言って時計を見せる。


「君が見つけてきた――いや見つけてきたのか知ってたのかはわからんが――あのパターン、あれがあの鎧の肝だった。『覆われた者』『スカラ・アル・カリプト』のパターン。」


 それは古い古い時代の偉大な存在の名前だ。彼がなりたくて、十年を捧げた存在の名前。


「スカラーの最高指導者の守護者にして法の執行者だった存在の装具、それがこの時計だった。爺さんが見つけて来たこいつはパターンを構成する最後の部分が経年劣化で欠損してた。」


 それがこの時計を延々直していた理由だ。機械部分の複雑さではなく、パターンを探していたのだ。


「でも見つからなかった。だから、別のパターンを埋め込んで、別の装具として扱おうとしてたが――君があれを見つけてきてくれた。僕があそこで生き残れたのは君のおかげだ。」


 言いながら笑顔を向ける。その顔を眩しいものでも見たように、マギアは顔を背けた。


「……そんなの、私が巻き込んでなかったら必要なかったじゃないですか。」


「そうじゃない、たとえあの事件がなくても僕にはこいつが必要だった。僕の十年はこれになるためにあった、最後の最後でとん挫するところだった僕の夢を君が叶えてくれた。」


 言いながら彼女を見る、すねた子供のように顔を背けるその顔にかすかな喜びがにじんだのを感じる――それを大きな疑念が覆い隠しているのも感じていたが。


「――君はこの学校に来たせいで僕らが巻き込まれたと思ってたかもしれないが、君が来たから助かった人間は間違いなくいるよ。助けられた僕が保証する。」


 これは彼自身の偽らざる本心だった。


「でも、私がここにいると魔女たちが来るかもしれない、危険が起こる、だから消えるべきで――」


「それをやったとしても、あの弟は君に関わろうとするぞ?あいつはあれで執念深いからな。」


 それは、サンケイという人物のことを良く知っているからこそ強く実感することだ。


 弟は一度手に入れると思ったものをそうそう簡単には諦めない。だからこそ――彼らの知らない事ではあるが――弟は兄を貶める計画など練ってあの魔女に対峙したのだ、結果は失敗だったが、その時点で彼の執念の深さは明確だった。


「……じゃあ、どうしろって言うんです?私にはこれ以外……思いつきませんよ。」


「――そばにいてやれ。」


 軽い調子で――けれど響きに重さを乗せて語る。


「危ないところに行きそうなら、君が止めてやれ。それができないなら――強くしてやればいい。あらゆる問題に対処できるように、君の技術を使って。」


 それは、兄であるテンプスにはとてもではないができない事だ。彼は弟に何かを教えてやれるような能力がない。


 魔術は使えず、剣技もそれほどの差はない。彼の扱う器物は、彼のように『パターンを見る』ことができないなら使い物にならない。

 戦うということに関して、彼ら兄弟はどこまでも離れた場所にいる存在だった。


「……きっと災いになりますよ。」


「あの時言っただろ、僕に責任を取れる範囲なら取ると。」


「……」


 沈黙が再び立ち込め、彼らを包み込んだ。


 逡巡は一瞬のようでありながら、永遠の時間だったようにも感じられた。


「――あなたは――」


 緊張感の中でようやく口を開いた少女が聞いたのは――


「――あなたはどうなんです?」


 テンプスに関することだった。

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