魔女のプライド

「なんだよ………おい、そりゃ何の冗談だ? ハハッ………悪夢でも見てんのか私は……?」


 大切に温存しておいた切り札が戦闘不能に陥ったせいか、虚勢が張れなくなった魔女は笑いながら後退る、その姿はまるで、出会ったことのない化け物に出会ったような恐怖が見て取れた。


「ああ、ちなみに言っときますが、彼らの復帰待ちなら無駄ですよ私は正中線に特殊な打撃を与えました。意識があっても体は動きませんよ。」


「う、ウフフ……どいつもこいつも使い物にならねぇ……お、おい。テンプスさん?ここはひとつ……どうでしょう?ここで手打ちというのは。いかがかしら?」


「手打ち……と言うと?」


「お、お互い被害が大きくなって来たでしょう?ここで私と手打ちにしましょう?相応の金銭を渡します。この家はどうしたって構いません。ですから――ね?」


 言いながら、上目遣いにこちらを見つめる魔女は、多少埃でくすんではいた。


 が、依然、美しく艶やかで――ひどくうさん臭かった。


 上目遣いの視線に乗せられた明確な敵意と、それを由来とするのだろう魅了の魔力を煩わしそうに跳ね除けてテンプスは告げる。


「――そう言って、他の国に逃げるつもりか?あんたの魔術ならどうにでもなるからな。」


 これがこの女を逃がせない理由だった。この女の魔術はあまりにも危険だ、対処する手段こそあるがそれを全体に普及させる方法はなく、故にこの女の野心や野望を食い止める術は非常に限られる。。


「自分一人ならどうにでもなると思ってるんだろう?実際、国際法院の騎士でもないならどうにでもなるだろう。会社を救うのはもう無理だが――自分だけなら逃げられる。」


 実際、これは避けようがない。国全体の意志を覆すことは無理でも、一人二人の人間を骨抜きにするだけなら造作もないだろう。


「――だが許さん。僕にはお前のたわけた魔術は効かない。攻撃も魅了もだ。」


 そう言って強い視線を兜の裏から投げかければ、それに気がついたのか、忌々し気に顔を背けて。


「――チッ……生意気な言葉を使うな、クソ野郎が。テメェ誰に向かって口利いてやがる?」


「ここにいる哀れな老人にだ。罰から逃れ、老いから逃げて。死からも逃げげきろうとした女。往生際も引き際も知らない老害――ほかにもあるか?」


「テメェ……!」


 視線に怒気と殺意が混ざる――この沸点の低さでよくもまあこれまで学園の学園の人々をだませたものだ。


「――いいか?出来損ないの詐欺師め、お前はもう逃がさん、1200年前から続くお前の罪がお前に追いついたんだ。お前は罪を清算しなきゃならない。」


 どこにそんな元気があるのか。それとも現実から逃げて、まだ自分に余裕があると勘違いしているのだろうか。次に魔女の口に上がる言葉は罵声だった。


「罪?罪だと!?私は偉大なる『九真の聖女』の一席!私に与えられる罪なんざねえ!私が法だ!てめぇらからすりゃ神だぞ!本当に悪いのは私に逆らうてめぇらだろうが!」


 口をついて出るのはどこまでも自分本位な自己弁護。自分は何も悪くないと他人に罪を押し付ける。まるで幼児のような言い分だった。


「ずいぶんとまあ調子に乗れたもんだ。どうやったらそんな利己的な思考になれる?その自信はどこからくるんだ?」


「ほざけクソガキ!てめぇがどんな手管であの女に取り入ってその妙な魔術を仕込ませたのか知らねぇが、所詮はあの女の術だ!てめぇに価値があるわけじゃねぇ。てめぇにどうこう言われる筋合いなんてねぇんだよこの寄生虫!」


 呆れたような口調のテンプスに魔女が叫ぶ。苦し紛れの一発だったが、それは多少なりとも彼の心にダメージを負わせた。


 これは彼女の魔術ではない。自身の体質上、魔術を体にまとわせるような魔術は使えない。ただ――否定できない部分はあるのだ。


「――そうだな、認めるよ、だしこれがあったって弟たちに勝てるとは思えない。鎧ナシならいわんやだ。」


「はっ、わかってんじゃねぇか!どうせ、価値のないお前に私が――「だから」――ぁん?」


「――だから余計気に入らないんだよ腐れ婆。あんたは僕やあんたよりもずっと価値のある人間に手を出した。未来ある弟にケチをつけ、僕の実家に危害を加えると言い、叔母夫妻の名誉を傷つけると言った。」


 彼自身、それが怒りだったのかはわからない。ただ口が止まらなかった。


 止まらないことを暴走と呼ぶなら、彼の口は今まさにそんな風情だ。他の何よりもこいつの態度と――彼女にしたことが気に入らなかった。


「何より気に入らないのはマギアの家族の件だ。自身の利益のみを考えたくだらない計画を善意の阻止者を貶め、その名誉を穢し、彼女の母から国と時間を奪い――彼女から家族を奪った。おかげでどうだ、こんな糞まみれの舞台にあの子は1200年も放りだされて一人であがいてる。」


 責めるように言う、噛んで含めるように告げる。意味があるのかはわからないが、言いたいことを言ってやろうと、疲れ切った頭がささやく。


「いいか、もう一度言うぞ?僕はお前を許さない、たとえお前にあれ以上の切り札があっても必ず叩き潰す。お前がここから逃げる事なんてありえない。」


 言いながら彼は後ろで倒れ伏す二人の騎士に指先を向ける。彼の技が効いたらしい、痙攣しながら体を固める彼らに動く気配は見えない。


 未だに動かない自分の切り札を見つめた魔女は唇を噛んだ。自分が置かれている状況を思い出したのか、視線の力が増した――それしかできないだけかもしれないが。


「お前をマギアの前に連れていく、約束したんでな。そこで何をされるかは――僕の範囲じゃない。」


 言いながら、彼女に向かって手を伸ばして――


「――ああ、いいですよ、連れてこなくて。来ましたから。」


 そんな声が聞こえた。

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