ある女の末路

「アァァ―――――!!ウゾダ―――――!!!こん、コンナノワダジジャナビ――――!!!!ヒュー……ヒュー……」


 先ほどまでの美声も嘘のようにくぐもった音と声の中間のような振動が空間に満ちる。その音はひどく不快で、この声で話しかけられた人間に顔を顰められるのは確実な不協和音だった。


 その絶叫には悲嘆と絶望がみちていたが――それも当然だろう、彼女の中で最も価値があり、自分の存在を担保する唯一の物だった美貌が、永遠に失われたのだ。


 もはやあの肉体でいくら『美貌』の呪いをかけたところで再び以前のような権勢を保つことはかなわないだろう。


「ふふっ、中身相応の見た目になりましたね。たかが手足を振り回して叫んだだけで息切れですか。体力なさすぎですねぇ。」


 傍らでそう言って笑う後輩はひどく悪い顔をしている。


 童謡に出てくる人食い魔女を彷彿とさせる顔は彼女の内側でくすぶる憎悪の光に照らされるようにギラギラと輝き、同時に悲しみの冷気れいきやされたようにつめたい。


 しかし、それもむべなるかなだろう、彼女の来歴を知るテンプスは共感寄せつつ尋ねる。


「これ、死なんのか?呼吸できてなさそうな感じだが。」


「ん、まあ、大丈夫ですよ、生命維持用の術はかけましたし。」


「ふむ……」


 確かに息苦しそうな表情をしており、呼吸が苦しそうな様子はあるものの、特に顔色が変わっているようには見えない。


「死なれると私の目標も達成できませんから、最低限、死なないだろう程度に生かしてますよ。」


「目的……そういえば、聞いてなかったな。何する気だ?」


 そっと微笑む後輩に、テンプスが訪ねる。実際問題、この状況でまだやる事があるというのは、少々気になる発言であった。


 もはや彼女にできることは何もない。実家は滅んでしまい、術は効果がなく、大切な護衛も沈黙し、よすがであった美貌さえ消えてしまった。この上何を奪うつもりなのか?


「ああ、これの魂をするんですよ。」


 そのセリフを、密閉という単語を聞いた途端、魔女が意識をこちらに向ける――とはいっても首一つ動かすことができず、何か身じろぎをしたようにしか見えないが。


「殺すのはなしだと言ったはずだが?」


「殺しませんよ、この魔女の魂は本来裁かれるべき罰を逃れて、死の――世界の基本的な原理を犯しています。そう言った魂は死の神のもとに送られ、その罪を闇の中に溶かして消えるまで、死の神のもとにある必要があるんですよ。そのために必要な措置です。」


「死ぬわけではないと?」


「オモルフォス・デュオはね、過去の魔女はすでに死んでいますよ、迷子を警邏に届けるのと変わりません。」


「ふむ……」


 意味が完全に理解できたとは言えないが――それでも、おそらく、それが必要な措置であり、人を殺しているわけではなさそうだと言うことだけは理解できた。


「――わかった、手伝おうか?」


「ん、そうですね――」


「――や、やべでぇ!あ、あかじゃん、ゴドモガイルボオ。」


 もはや何を言ってるかわからない女のセリフに、しかし二人は首をひねった。


「「え、あなた/あんた妊娠なんてしてないだろ?」」


 と返した。


「ウ、ウゾダ!」


「いや、ほんとですよ、1200年で魂までぼけたんですか?肖像画の魔力が効いてるうちに妊娠なんてできませんよ。」


 それは単純な真実だった。


 彼女はごくごく高度な魔術的道具の影響下にあった、それは肉体の変調を防ぐことができる。


 そして調だ。である以上妊娠はできない、それが魔術というものだ。そうそう都合よくいい結果だけを得られるわけではない。


「そ、ソレハァ……ほ、ホラ!お腹ガこんなに、出ちゃって………」


「さっきまで出てなかっただろ、あと、単純にはあなたが度が過ぎるほど太りすぎてらっしゃっるんですよ。お嬢様。」


「うぐっ……気持ち悪イ」


「それはあなたがご自分の体重と同じくらいのお食事をされるからです。食べ過ぎ、胸やけですお嬢様。」


「で、でも太ったって言われ――」


「そりゃ、成長したんでしょう、あなたが止めたのは体調の変調。時間は止めてないからそりゃあ体も大きくなりますよ。」


「……ってことはこいつ将来太る予定だったのか。」


「時間経過でそうなってるならそうだと思いますよ。肖像に不健康さをすべて押し付けても、時間が止まってないなら必要な栄養は体に吸収されますから。」


「つまり――」


「『異常な量のぜい肉』にはならなくても『成長する上で付くだろう肉』にはなりますよ。何も食べてないならともかく、食べ続けてるならその栄養は体に与えられてますからね。」


「う。ウゾダ!ゾンな、ことアぃツハイッテナカッタ!」


「そりゃそうでしょう、全員貴方クラスに性格の悪い八人なんですから、大方、『名声』か『知性』当たりに頼んだんでしょうけど――あなたのために何かしてくれるほど人のいい連中じゃないでしょう?」


 これもまた単純な話だ。人のことをだます人間がどうして共犯者をだまさないと思う?


 全ての反論を封じるようにマギアとテンプスは交互に口を開く。


「ギギギギィィィ………!!」


 いっそ面白いくらい論破、二の句が継げない魔女は歯ぎしりに似た唸りをあげるしかなかった。


 まるで獣の呻きのように聞こえる、それは敗北の叫びだった。


「大方、気分が悪くなってきた辺りで……か、姦淫にでも耽ったんでしょう。それの影響で勘違いしたとかそんなんですよ。」


 言われた魔女が動きを止める――おそらくは図星なのだろう。


「じゃ、もう気にするようなことないですよね。」


「ないな。密閉とやらが何するのかは知らんが、やってしまえ。」


 その言葉に魔女が肩を揺らす、がくがくと震えたと思えば、大きく口を開き――

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