暴かれた……

「で、でべぇ……なんべわだじのごぇが……」


 喉を抑えた魔女が驚きと憎しみを込めた目線を向ける。


 煩わしげに振り返ったテンプスは、面倒くさそうに告げる。


「言っただろう?お前のくたびれた術など効かん。この『ガイスト』相手に高々声一つでどうにかなるわけがない。」


 言いながら女を見下すように見つめる、その視線は無感動で――虫の死体でも見つめるようだった。


「なぜ……ざっぎばぎいだのに……!」


『さっき……ああ、僕を吹っ飛ばしたのはもしかしてこれか?』


 記憶の中にあるものがつながる。先ほど自分を突然吹き飛ばし行動不能にしたのはおそらく指向性があるこの声だったのだろう。


 なるほど、これほど威力のある術なら『簡易起動』では防ぎきれない、先ほど一瞬感じた疑問の答えは彼に一定の満足を与えた。


「……すごいんですね、その鎧。」


 呆れたような声が響く。見れば、びくびくと痙攣する魔族騎士たちの手前で驚いた様子のマギアがテンプスを見ていた。


 当然と言えば当然のことだった。彼女たち魔術師にとって、鎧程度では呪詛の言葉は防げないはずだった。振動は鎧やその内側を震わせて内部を破壊するのが通例だ。


「こいつは僕の《オーラ》でできてる。この程度の魔術なら効かんよ。」


「おー…ら?」


「後で説明する。今はこっちだ――使うのかそれ?」


 言いながら、傍らの覆いを指さす彼が知る限り、あの傍らの覆いの中で日の目を見ることもなく隠されていた肖像画は、魔女への切り札になるはずだった。


「そのつもりですよ。」


 言いながら、指を手招くように動かして、覆いを浮かせて二本指で押し出した中身と共にゆっくりとマギアは歩き出した。


「や、やべりょ……それをじがずけるにゃ!」


 言いながらずりずりと後退りを行う。先ほど不意打ちのためにチョークで作り上げていた未完成な魔法円から炎が噴き出して――それをテンプスが踏み潰した。


 吹きあがる瞬間に鉄靴に踏みにじられた円はすぐさまその力を散らし、足裏でごくかすかな火の粉が飛び散るにとどまった。


 「ぴぃ!」と悲鳴のような声を上げて後退りの速度が上がる、数秒後背中にべたりと壁が当たった。


「なんで逃げるんです?あなたの肖像画じゃないですか。」


「ぢ、ぢがう!ぞればわたじじゃねぇ!」


「えー……私にはあなたに見えますよ?どう思います?」


「僕は見取らんからわからんよ。」


「あ、ですよね!じゃあ――」


 言いながら、彼女は覆いに手をかける。次の瞬間、絶叫が走った。


「よぜ!よぜぇ!!」


 叫びながら、魔女はマギアに向かって突進する。弾かれたように体をはね起こし、途上に立つテンプスを無視して体をぶつけに行く。


 しかし、それをテンプスが許すことはない。


 そっと位置を変えて、魔女の進路を妨害して見せる。


「どげぇぇ!おまえに用はない!!」


「僕にもあるわけじゃない。だが、彼女の邪魔は許さん。」


 言いながら彼女の腕をひねり上げる。腕を後ろに回し、髪の毛をつかんで顔の位置を固定する。


「は、ばなぜぇ!ぞれそれぉわだじにみぜるなぁ!!」


 激しい抵抗、しかし、髪の毛は抜けることもなく頭皮にしがみついている――いや、それどころではない、何か強力な接着剤でつなぎ留められているかのように頑として動かない。


「ぎ、ぎいぃぃ!」


「もー自分の肖像なんですからー」


 言いながら覆いの中身だけを置いて、彼女はするりと彼女の耳に唇を寄せる。


「――ちゃんと見てね。」


 ぞっとするほど冷たい声だった。傍らで聞いていたテンプスすら背筋に氷を入れられたときに近い感覚を覚えた。


 そんな彼らの感情をよそに、彼女は踊るように覆いに向かって歩き、その一部をつかんだ。


「やべりょー!やべりゅぉぉぉー!!!」


 潰れた声で聞き取りずらく叫ぶ女を無視してマギアはにこりとこちらに向けて笑い――その覆いをはがした。


「……これは、また……!」


 覆いの下から現れたのはこの世のものと思えぬ悍ましい絵画だ。


 そこにあったのは――肉だ。


 おそらく先ほどまでいた部屋だろう、そこを描いたその絵の中心にいるのは不気味にうごめく肉塊だ。


 まるで波の様に脈打つそれは、まるで肉でできたスライムかウーズ汚泥のような化け物に見えた。


 首から股関節まで巨大なボールみたいに膨れた胴。太くて胴に埋もれたパンパンな四肢。もはや首がないほど何重にも重なった顎。肩だか腕だかの肉で顔がどこかわからないほどだ。


 質の悪いホラー小説の挿絵か精神病質者の絵のようなそれは、しかしどこか目の前の魔女のような雰囲気を感じるのは彼女の内面を知るがゆえだろうか?


 そんな事を考えていたテンプスが、手元の変化に気がついたのは絶叫が耳に入った時だった。


「gぎlゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「あ、先輩、離れたほうがいいですよ、それ、膨らみますから。」


 彼女が下がりながら遠巻きに言った直後に変化が始まった。


 


 突然、ひねり上げていた細かった腕が三倍に膨れ上がった。見れば胴も明らかに肥大化している、足も細い枝のようだったものがもはや大木だ。


 まずい、と思ったのは、体を空中に投げた後だった。女の頭――だと思われる部分に手を突き、前転するように腕の力だけで体を跳ね上げた。


「ブーーーーーッ!ヴンーーーーーッ!!」


「これは……」


 マギアの隣に着地したテンプスは顔を顰めた。


 そこにいたのは肉の――プールだ、まるで風船……いや、湯船のように膨らんだ体はそのまま絵の中の肉の塊そのものだ。


「……なんか実物見ると引きますねこれ。」


「まあ……人間が生きられる限界だろうしな。」


「何キロぐらいあると思います?」


「500から600、あそこまで大きいと正確には分からんね。」


「ですねぇ、この女にはお似合いだと思いますよ。」


 言いながら隣でクスクスと笑う後輩に苦笑いを浮かべる。ここまでの言葉で、理由が十分すぎるほど理解できたため、何と返すべきか困ってしまった。


 結局何も言えなかったテンプスはまるで丸太如き腕をパタパタと動かすその様をただ見ていた、なるほど、気味が悪い。


 ただ、見ようによっては――


『外見が内面に追いついただけ……か。』


 その肉体はそれほどに醜い――だが、本人を知る者には納得のいくものだった。

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