テンプス・グベルマーレの話
テンプス・グベルマーレが魔術を扱えないことが分かったのは、彼が5歳の時だった。
町に行った時のことだった。最新型の街灯に興味を持った彼がそれをまじまじと見ていた時に――突如、彼の体が燃え上がったのだ。
なぜ5歳までそれが起きなかったのか、今でもわからない。ただ一つ確かなことは、その時がテンプスの初めての発病だったということだ。
誰も予想していなかった――いや長男の奴は知っていた様な気もするが――家族が紛糾し、珍しく次男が大慌てで自分の体の火を消そうとしていたのを、覚えている。
ひどいやけどの痛みと、原因不明――その時は、だ――の吐き気に襲われた彼は、意識を失いかけながらも両親によって病院へと運ばれた。
何時だって病院は彼の生家にいい顔をする場所ではなかったが、さりとて子供が焼死体寸前になってまで無視するほど職業倫理に欠いた場所ではなかった。
大慌てで治療を施されたテンプスは、さまざまな検査を受けた結果、ついには『魔力不適応者』の烙印を押された。
『魔力不適応者』――言ってしまえばそれは、魔術の誘蛾灯だ。
人の体には本来、外部からの魔力を防ぐための個人の魔力の壁のようなものがある。
生きとし生けるものが自然と張り巡らせるこの抵抗の壁は、魔術が人に予期せぬ作用を及ぼすのを防ぎ、魔術から体を安全に保護する。
『魔力不適応者』は、何らかの原因でこの壁を作ることができなくなっている人間のことを指す。
抵抗力の壁を持たない人間は、魔術が発生させる魔力を全て体内に取り入れてしまう。また、魔術の力は入りやすい場所に向かって流れる――まるで灯に向かう虫のように、低い場所に流れる水のように。
これは、魔術の効果をより強く受けるということである。
元来、魔術とは魔力によってなにがしかの影響を周囲に与えるすべだ、炎なら温度を上げ、氷なら温度を下げる。それを魔力が具現化するわけだ。
そして、本来あり得ない値まで魔力を体に取り込むという体質は、魔術の作成者にとっても予期せぬ挙動を生じうることを示し、常人なら影響を受けない微弱な魔術の余波すら、彼にとっては致命的になり得るという証左だった。
そして、この状態はこの世界において手足がないのに等しい状況だ。
なぜなら、この世界の技術の大部分は魔術によって――もっと言えば魔力を行使することによって成り立っているからだ。
彼は、街灯の下を長時間歩けない――いつ体に炎が移るかわからないからだ。
彼は、洗濯を手で行わなければならない――水の魔術が突然体の中に水球を生み出して心臓や臓器を壊しかねないからだ。
子供の時は本当にひどかった。これらすべてが同時並行的に襲い掛かってくるなんてざらだった。よく死ななかったものだと自分をほめてやりたい。
そこにあったのは家族の理解と――まあ、少しの悪運だったのだろう。今ならばそれもわかる。
年を重ねるたびこの症状は『ひどくなる』と医者は言った。あるいは生存は絶望的だと。
学校の人間がこの症状について理解が浅いのも仕方がない――大概のこの体質の人間はそう年を待たずに死んでしまうからだ。
それを聞いた時の家族の心境は正直に言ってテンプスにはわからない。少なくとも長男はあっけらかんと「そうか」と一言で済ませたし、次男もそれほど驚いていなかったように思う。弟に関しては――よくわかっていなかったような気がする。今でもそのころの記憶はあやふやだと聞いていた。
父と母は――どうだろう、茫然としていただけなのかもしれないが、案外、どうでもよかったかもしれない。少なくとも、彼らから何か殊更に言葉を掛けられた記憶はなかった。
彼がこの時の話で覚えているのは、普段笑顔を絶やさない祖父がこの世の終わりのような顔をして自分を抱きしめたことだけだ。
それから、彼は処刑道具のある小屋で暮らした。これに関しては仕方がない、彼は家の中に入れるにはあまりにも――惰弱だ。
彼の生活に合わせてしまうとあまりにも不便なのだ。あらゆる家事を手作業でやりながら生活など、とても今の時代にはできないだろう。
しかし、テンプスがいると魔術にかかわる行為はほとんど不可能だ。そうなると彼は――言ってしまえば邪魔だった。
だからと言って両親が彼の世話を怠ったわけではない。それなり以上の愛情を注がれた自覚もある。故に恨んでいるわけではない。ただ少し――寂しさはあったが。
それから二年、彼はこの生活を続けた。学校で起こる大概の小細工を無視できるのはこの時期の経験によるものが大きい。
こうして、死と隣り合わせの生活を続けていたある日、あの病院での一件から自分に会いに来なかった祖父が突然家を訪れて、彼に言ったのだ――
『お前をこの地獄から助けてやれるかもしれない。』と。
後に知ったことだが、祖父はテンプスがこの体質であることから、後の人生がひどく難しい物であることが分かっていたらしい。
実際、テンプスが死刑執行人になるにせよならないにせよ、どこかの学校には行ったであろう。そして学校に通う以上、周囲には魔術と神秘が満ち溢れている。
その全てに対して抵抗できない孫は、医者が言ったとおり――そして祖父自身の調べた通りに遠からず死んでしまうだろう。
そう考えた祖父は、必死に彼を救う方法を考えた。
寝食すら忘れ、ひたすらに考え続けた老人は自身の研究項目に希望を見いだした。
「太古スカラー文明」
魔術によらぬ超自然的力で世界を席巻した超文明、存在だけが確認できるそれらが使っていた技術や手技であればあるいは――孫の命を救うことができるのでは?
そう考えて研究し、フィールドワークに励んで――やっと見つけたのがその日だった、あの抱きしめた腕を離してから二年後のことだった。
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