ある計画と動き出す男

「お父様!私の話を聞いてくださぁぁぁああああああいッ!!」


「ぐおおおおおおッ!?」


 まるで菓子をねだる幼児のような奇声だ。


 本当なら子供の頃にとっくに卒業しているはずの地団太を踏み鳴らし、2メートルの距離まで詰めた父に向かって、思い切り泣き喚く。


 するとデルタは驚愕し、次第に白目を剥いて――――


「むっ………ぐはっ!」


 片手で左胸を叩いた、二度三度と叩いて穏やかに戻り始めた心音が持ちこたえたことを伝える。


「や、やれやれ。心臓が止まりかけた……少し待っていなさい。すぐ聞く……いいか、貴様の責任問題となるからな。しっかり隠蔽工作に念を入れろ。って、おい。聞いているのか。返事を……死んだか。まったく。若いくせに貧弱な心臓をしよって」


 応答のない相手に不満げに鼻を鳴らし、通話を切るデルタ。


 彼はこの現象の理由を知っていた。自分の心臓が止まりかけたのも、通信していた相手の心臓が停止した理由も。すれ違うメイドや執事や護衛が耳を庇かばう理由も。


 すべて娘が成す才能だった。


 鼓膜が腐り、心臓が破裂し、脳が壊死する。


 聞く者すべてを物理的に死に至らせる呪術歌。どのような生き物であっても死に至らせる魔性の声――それは魔女の特徴たる呪声であった。


「オートーウーサーマーッ!!」


「おっ、………よ、よーし、よしよしよし。オモッ……ウッ、オモルフォス、良い子だな。大人しくしなさい………ぶっ」


 宥めるために歩み寄る度にダメージを受けていく。鼻血が噴き出し、ついには吐血するが、スーツのポケットから耳栓を取り出して装着。やっと眼前に接近できた。


「何を泣いているのだ。そんな悲しいことがあったのか? かわいそうに」


「ああああ! 許せない! あの子、私を………侮辱してぇぇ!」


「おお、よしよし。私の可愛いフォスよ。泣き止みなさい。どれ、ステーキを30枚ほど用意しよう。食べながら話を聞こうではないか」


「ぐす………30枚?」


「ああ。夕飯前のおやつだよ」


 あり得ないセリフだが、とても常人には理解できないことだが、この女は本当にやると彼は知っていた。そして、それを素晴らしいことだと信じてもいた。


「いやああああああ!!60枚ぃぃぃいいいい!」


「くう………この耳栓でも無駄か。わかったわかった。60枚焼かせよう。さぁ、いつものドリンクがここにある。飲んで待っていなさい」


「………うん」


 ステーキと濃厚なジュースの原液を引き合いに出され、やっと落ち着きを取り戻すオモルフォスに安堵するデルタ。例え呪いを持っていようが可愛い娘だ。

 その愛くるしい――いや天使も恥じらうような笑顔に、つい毎回甘やかしてしまう。


 結局のところ彼もまた、この少女のうちに宿る魔性に魅入られていた――おそらく誰よりも強く。


「ところで、どうしてそんなに泣いていたのだ? 余程のことが――ああ、済まない。また連絡だ。少し待っていておくれ。可愛いお前のためにすぐ戻るから。」


 すべては溺愛する娘のため。仕事もそのために繰り返した。こんなところで頓挫はしていられない。


「私だ。――――なにぃっ!?それも漏れたのか!くっ、どうなっている!一体誰が漏らした!何!?この家に賊など入っていないぞ!いいからメディアの侵入を阻止しろ!何としてでも漏洩を食い止めるのだ!………増援だと!ふざけているのか貴様!なんのために賃金を払ってやっていると思っている!」


 父が自分の言うことを聞いてくれないと知ってオモルフォスは――その内にいる者は舌打ちした、どうして1200年前と言いこういいところで邪魔が入るのだ?


「少ないだと?馬鹿にしおって!それをやり繰りするのが貴様の仕事だろうが!いいか、そこのプロジェクトが潰れれば、貴様だけでなく従業員並びにその家族も巻き添えになるのだからな。よく覚えておけッ!」


 悲鳴をあげる男を唾棄し、デルタは通話を切る。


「まったく………」


「どうしたの、お父様」


 その頃になれば夕飯前のおやつと称した大量のステーキが運ばれ、まるで水か空気のように飲み込んでいくオモルフォスはすっかり泣き止んでいた。

毎度の如く作られるベルトコンベヤーを作るのは厨房のシェフたちだ。


 メイドの大半は先の滅びの歌で命を落としてしまったからだ。


「お前が将来、働かずとも済むように進めていたプロジェクトに支障が出てな。無能な連中の管理不足による怠慢だ。どうも機密がどこからか流失したらしい、何、心配はいらんさ。」


 疲れ果てた顔をするデルタは、シェフが運んだ紅茶に口を付ける。


 この時のデルタの悲嘆は、オモルフォスにとっては肉汁塗れの指で鼻をほじりながら「ふーん」と興味のない感想を残す程度のものだった。


 彼女にとって、彼は『都合のいい金庫』でしかない。


 笑顔を見せれば金を出し、甘く囁けば金が出る。


 どこかの逸話の小槌か臼のようだ。


「ああ、そうだ、それでどうしたのだわが――」


 再び彼を呼ぶ呼び鈴の音――またしても報告だ。


「――ああ、すまない娘よ、まただ……」


「……」


 不満な顔を隠しもしない娘から逃げるように視線をそらす、とても耐えられなかった。


『この分だとこいつも潮時か……』


 脳の内側でささやく誰かにオモルフォスは同意した――だがどうする?この男が使えないとなると、いったいどうやってあの糞ごみを始末すれば――


「――お困りですか、先輩。」


「――あん?お前は――」


 突然響いた声はひどく予想外の物だった。

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