転生者の誤算
60枚のステーキを完食した女性は自分の部屋に場所を移し、優雅な様子で食後の茶を啜っていた。
「それで?何のご用でしょう?」
「なに、ちょっと、ご提案があるんですよ」
その言葉とともに、サンケイはオモルフォスに笑顔を向ける――内心の吐き気を隠しながら。
彼が敵地とも呼べるこの家の中に居られるのは理由がある。
「姿くらましの術まで使って入ってきておいてちょっと、ですか?」
そう、彼はこの部屋に入るまでずっと姿を消していたのだ。
先ほど声をかけた時もそうだった、姿を隠し、部屋に侵入し、彼女に声をかけた。
そんな怪しい人間を彼女が部屋に招いたのは声に覚えがあったことと――その声にそこはかとない悪意を感じたからだった。
「ええ、あなたにもたらす利益を考えれば「ちょっと」ですよ。」
言いながらもサンケイの中にあるこの少女への嫌悪感は増す一方だった。
『相変わらずこの女は作画が汚ねぇな……』
これは彼が――いや、あの世界で彼女を見ていた人間全員の総意と言ってもいいだろう。
元々、オモルフォス・デュオはあの次元を出身とする人間全員から蛇蝎のごとく嫌われている、やっていることのえげつなさ、性格の醜さ、それを表すように本性が出ると作画が変わるとすら言われたキャラクター――それが視聴者から見たオモルフォス・デュオだ。
どうにもならないほど醜悪で――だからだろう、この件に関わっている転生者がサンケイ以外存在しないのは。
彼がこれに関わったのだって、この件にかかわる重大なNPCである兄がいたからに他ならない。
ゆえに、絶対に自分はこの女にかかわらなくてもいいと踏んでいたのだ――結局、もろもろの事情でここにいるわけだが……
『いや、それでもこれさえ終えればこいつとはもう会わなくて済む、あとはザマァ決めて終わりだ!』
「提案……一体何です?」
「ええ、実は――」
――うちの兄に報復するお手伝いがしたいと言ったら……どうします?――
――彼がここにいるのには相応の事情がある。
この状況ではおそらく兄は基本ラインと同じ末路をたどらないだろう。そうなっては問題なのだ――マギアが手に入らなくなる。
あの夜の狂気的な思索から何日か経ってそれから考えても、サンケイにはこれ以外の方法が思いつかなかったのだ。
「――あなたたち兄弟は仲がいいと聞いていたのですけど。」
「ええ、昔はね……ただ今の兄は……ねぇ?」
含みを持たせた言い方、この女に信用されるために必死で考えた言い訳はそれほど演技派でもないサンケイがやると余計にうさん臭さを感じさせた。
「ふぅん?」
胡乱な様子でこちらを見る――問題はない、自分にはこの世に現れた際にもらい受けた『異界渡りの権威』を持っている。これがあればこの世界の住人は自分の言うことを信じる。
何でもというわけではないが――それでも、今のこいつは追い詰められている、藁にもすがるように自分に向かってくるだろう。
そうなれば――
『――あのルートに乗れる。兄貴は死ぬけど――まあ、仕方ないよな。』
そう、これが彼の行く末――テンプス・グベルマーレはこのシナリオ中に死ぬのだ。
『それにしても……本当に頼りになる兄貴だよ、主人公の代わりに自分の死刑台まで作るなんて……あんたの意志は俺が継いでマギアはもらっていくからな。』
邪悪な笑みを浮かべる、彼の知る未来につながるのなら、兄はこの後、この連中に捕まり、拷問に近い蹂躙を受けて死ぬ。
兄の行った「説得」の結果だ。本来は主人公に行われたそれによってたまったストレスをどうにか発散したくて仕方のないこの化け物は、兄に狙いを定めた。結果的に兄はこの家に拘束される、あとは前述の通りだ。
本来であれば、その死体を主人公である男が発見し、やはりこのままではいけないと彼女との対決を決意する流れなのだが。
『このままじゃ、この女が、テンプスに手ぇ出さなくなるんだよなぁ……』
そう考えた彼はここに来た。会いたくもない女だが――自分がマギアを手に入れるためには兄の死が必須だから。
そのための計画を練った。つまり、結果的にどのようなルートを通っても、彼女は自分の兄を殺すという事実があればいいのなら、この最後の部分で自分が手を貸して兄を殺してしまえばいい。
そうすれば自分は悲劇のヒーローとして、復讐の代行者として、マギアの隣に立てる。
こいつが事実を明らかにしようとしても無駄だ、自分がこいつを倒すのだから。
動かれる前に叩き潰せばいいし、ここに記録できるような物がないのも確実、さらに言えば兄を殺された悲劇の男を疑う人間はほとんどいない、マギアも同様。
『これで、俺が主人公のラインが確定する、今回の人生ではもう脇役だのモブだなんて言わせない!』
――実はここでも彼の知識が悪い方に働いた。この次元のオモルフォスはテンプスを殺すつもりだったのだから。
それは原作における主人公の生まれと今のテンプスの生まれの違いからくるものだ。
原作の主人公は確かに特殊な生まれを持ち、髪の色やその特異性から周囲の人間に嫌われているが、死刑執行人の息子ほどではなかった。
ゆえに、軽率に手が出せなかったのだ。おまけに、その当時の彼には今サンケイが組んでいるチームのメンバーがいた。
彼らには彼らなりの秘密があり、それの影響でこの女の中にいる人間は彼らと敵対できない、だからこそ彼女は原作で主人公への手出しをあきらめたのだ――が、テンプスにそれはない。
ゆえに彼が行動を起こす必要性は基本的にはなかったのだ。焦りと混乱が彼の目を曇らせていた。
『――これで、ラインに戻れる、この分ならあの剣もゲットできるかもな……』
自分の計画の完璧さに酔うようにうなずく男に胡乱な視線を向けていた魔女はふと思い出す――そういえば
『こいつには術が効くんだったなぁ……』
にたぁと君の悪笑みが顔に浮かぶ――1200年も前、ある女をはめるときにしていたのと同じ笑顔だった。
「――サンケイさん、ありがとうございます。」
「いえいえ、僕にとっても兄は邪魔な男ですから。」
「そうですか……でしたらあなたのお話に乗せてもらいますわ。」
「ああ、それじゃあ計画をお話し――」
「――でもぉ、それよりいい方法があるんですよぉ。」
「――はっ?何言って」
「跪けよ。頭がたけぇぞゴミ。」
「ほげっ。」
サンケイは鼻から何か熱い物があふれるのを感じた――
アイの形だと思った。
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