ある女の狂乱と暴走

 図星だった。


 彼女とあの女の確執が何なのかはわからない。しかし、あの女は彼女に何かしら狙いを定めている風だったし、彼女はあの女に対して何か仕掛けているようだった。


 それならば、どこかで踏ん切りをつけさせた方がいい。そう考えての行動だった。


「……何の話か分からんね。」


 とぼける。恩に着られるのは苦手だったし、何よりもそんなことのためにここまで動いたわけではない。


「それならそれでいいですよ、私が勝手に感謝するだけですし。」


 そう言って笑う。確信があるのだろう――まあ、それが事実なのだから仕方がないだろう。


「――ありがとうございます。私は貴方に何も返せてないのに、お礼する事ばかり増えていきますね。」


「あー……」


 たおやかな笑顔だった。今までの乾ききった顔に比べれば天地ほども差のある輝かしい笑顔――まあ、これが自分のやったことの成果だと思えば、自分がやったことにも胸が張れそうだなと思った。


 ただ、恩に着られるのはあまり好ましくない――弟の友人のために動くのは兄としての義務だ、それに何か特殊な意味は要らない。


「――いいか、マギア、正直に言って、今回の件で君を助けたって意識は僕にはないよ。」


「そうですか?」


「弟と僕に降りかかってくる難局を退けただけだ。これで感謝されても困る。」


「そうですか。」


「って言っても、その調子だと君はまだ気にしそうな気があるけど。」


「そうですね。」


 見事な三段活用だった、おちょくられているのかとすら思うほどだ――いや、実際おちょくられていたのかもしれないが。


「――ま、いいや、そういうわけだ、君は気にせんでいい。」


「はい、ありがとうございます――また明日。」


「ん、またな。」


 そう言って別れた彼らが再会するのは翌日の朝のことではなかった――それは彼らの中で、誰一人として予想していない場所でのことだった。思ったよりもずっと早く起きたのだ。









 数時間後。テンプスから受けた『説得』の驚愕が解けたオモルフォスは数分の放心状態に陥るも、時間になっても現れない護衛が身を案じ捜索に出たところを発見され、保護された。


 一言も発さないオモルフォスに女性の護衛が心配そうに尋ねるが、返答しない。


 この時、オモルフォスの意識はなぜ自分の完璧な計画がばれ、窮地に陥ったのかを自分のなかにある知識で回答を求めようとしていた。これでも知性に関しては学年のトップでいるがゆえ、比較しても膨大な知識量だと内心で周囲の同級生をほくそ笑んでいた。


 しかし、いつになっても回答を導き出せない。あの小細工――時間を切り取る絵は学園の、それどころか王国の外の魔術かもしれない点まで至るが、館で抱える術師に詰問したところで結果は知れている。


『そもそもあのごみは魔術使えねぇはずだろ?なのになんだあの時間を切り取ったような精緻な絵は。マジで古代の遺物の力だってのか?なんでんなもんあのごみが持ってやがる。』


 そもそも、なぜあの夜自分はあの男の存在に気が付けなかった?あの時の自分はこの学校でも有数の武芸の使い手たちと共にいたはずだ、彼らに一切気づかれずにあんな絵を取ることができるのか?


 そもそも、昨日の夜会を傍聴していたとしても、こちらから姿を目視できなかったとすればそれなりの距離があったとわかる。そんな場所から一体どうやってあんな近づいた場所の絵が描ける?


 わからない。


 聡明な智慧を持つはずの自分がまったく理解できない――


 結局のところ、オモルフォスの知識や知性のみではあの『小細工』の種は、その要因でさえわからない。


 それが悔しくて悔しくて、館に帰宅したところでやっと「私のプライドに傷が付いた。血筋に泥を塗られた。神たる自分を引き摺り下ろした」と自覚し、感情が爆発した。


「ア゛ア゛ア゛ァァァアアアアア!! ウワアアアアアアアンッ!!」


 護衛が狼狽するほどの大声で、泣き喚く。


 直後、護衛が距離を開いて両耳を塞ぐが、その意図はわからない。構わず泣きながら館に入った。


 擦れ違うメイド全員が耳を塞いている。なぜだか腹が立った。自分はなんともないのに、どうしてわざとらしくしているんだ。処刑したい。


「ワアアアアアア!!」


 目指すはこの館の持ち主にしてオモルフォスが「クソジジィ」と裏で蔑む金ズル、実父のデルタ・デュオの書斎だ。


「オ゛ト゛ウ゛サ゛マ゛ァァァアアアアアッ!!」


 こうなったら父親に泣き落としを仕掛け、あのクソ生意気な下級生を殺すしかない。今度は本物の涙で縋り、騙すだけだ。


 今までと何ら変わらない――そう考える彼女は結局腐り果てている性根しかないのだろう。


 ところが、


「オモルフォス、静かにしなさい!! ――――ああ、娘だ。それで、なんとかならんのか!?あれが知れれば、とんだスキャンダルだぞ。もしそうなれば貴様、どうなるかわかっているのだろうな?タダでは済まさんぞ!」


「~~」


「それを何とかするのが貴様ではないのか!そもそもどこから漏れたんだ!あれはこの屋敷と貴様の手元にしかないのだぞ!?貴様のところに誰か連中の内通者が――」


 デルタは通信用の魔法具に向けて、しきりになにかを叫んでいる。


 スキャンダルと連続する。


 まったく入る隙がないことと、父に叱られて怒りが再点火して、オモルフォスは大股で魔法具に歩み寄った。



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