悲劇の――
――それから十六年がたった。
そのころになれば王たちも魔女のことを疑っていたらしい。
とはいえ、すでに後の祭りだ。九人目の聖女はすでにこの国を去り、この呪いに抵抗できるものはすでにいない。もしかすればほかの8人に殺されているかもしれない。
王たちにできるのは待つことだけで――それだけでは何も変わらなかった。
王女はいまだ、目覚める兆しなく眠り――なぜだかわからないが、その体は成長していた。
それは呪いと守護の魔法が起こしたある種の奇跡だった。
8人の魔女が残した美貌の祝福が彼女を『美しいと思われる年齢』に作り替えているのだ。そして守護の呪文がその体を健やかに守りつづけている。
王女が生まれてちょうど二十年目のことだ、突然国中で人が意識を失う事件が多発した――魔女たちの呪いがとうとう姿を現したのだ。
人々はバタバタと意識を失い。国は機能不全に陥った。
緩やかに滅ぶ王国を国王は悲観と恨みで濁り切った眼で見ていた。
――それから数十年が過ぎた。
かつて王国があったあたりはすでに何もなく、あるのは朽ち果てた城と、呪われたとうわさされ、遺棄された土地だけだ。
そんな場所である男が城に挑もうとしていた。
その男は隣国の王子であり、この城に眠ると言われる美しい姫を一目見ようと城に挑んだのだ。
腐りはてた城を乗り越えて、彼は城の最上階でその美の化身を見つけた。
それはひどく美しい彫刻のようにも見えたし、あるいは地に落ちた天使の亡骸にも見えた――と後に王子は語ったらしい。
すらりと伸びた足、ほっそりとした指、流れる銀の川のような髪――すべてが完成されていると思った。見に来たかいがあると興奮し、より近くで見ようと近づいた。
近寄れば近寄った分だけ、より強く衝動を感じる、虜になる。
――ニンフの美貌の効力だった。彼にはもう抵抗できない。
もう足は止まらない、幽鬼のようにふらふらと歩いて、なぜか朽ち果てていないそのベットの脇に来た時、もう彼は自分を抑えられなかった。
九人目の聖女は国が滅んだ後、ずっと王女の面倒を見ていた。
王国の滅亡を食い止められなかった贖罪と、彼女への慈悲が彼女自身を動かしていた。
驚いたことに、8人の魔女は本当に彼女を追い、襲撃してきたらしい。
彼女は傷ついた体でそれを退け、何度も逃げ続けた。
五年か、十年か、ひたすら戦い、連中から見つからない場所で体を休め、彼女が傷を癒やし、対抗策を練って、あの国に戻れたのは二十年もたった後のことだ。
そのころには、すでに呪いで国は完全に停止し、ほとんどの人間は死に絶えていた。
彼女は絶望し――それでも、助けられる者を救うべく、今日に至るまでこうして彼女のもとに通っていた。
しかし――その日の王女の姿はいつもと違っていた。
閉じているはずの扉が開き、その先にいた彼女は――
「その……あー……えっ、と」
口ごもる、それは当然だろう女性に言わせるようなことではない。
「いいよ、大体わかる。もし、無理そうなら――」
「い、いえ!大丈夫です!」
まるで殴られたようにうつむかせていた顔をはね上げる、「知っててほしいんです」と言われてはテンプスも拒否はできない。
「わかった――とりあえず茶を入れよう。」
九人目の聖女は慌てた、義憤に駆られ――それから気が付いた、彼女に新たな命が宿った可能性があることに。
慌てて調べた彼女には二つの命の誕生が告げられた。
九人目の聖女は途方に暮れた。どうしたらいいのかは分からない、が、少なくともこの二つの命を失わせるわけにはいかない。
九人目の聖女はその名の通り慈悲深く、そして、施すことをためらわない女性だった。
彼女はある決心をした――二人の命を自身の体に宿し、自分がこの世に産み出すことを。
「……すさまじいな。」
「はい、ちょっとすごすぎますよね。」
そう言って笑う彼女はどこか誇らしそうだ――まあ、自分の親が感心されれば嬉しいだろう。
「すまん、続けて。」
それから数年後、姫君は目覚めた。
目の前には九人目の聖女と――二人の子供。子供たちは双子だった。
ただ、それを理解することは彼女にはできなかった――彼女は生まれた時からずっと寝続けていたのだ。
目が覚めてもまるで赤子のような姫を育てるのはとても大変だったらしい。
しかし、そこでも魔女たちが与えた呪い――の残滓が役に立った。
『卓越の知性』の力だ。これが彼女の学習を助け、数年もすると彼女は十分すぎるほどの知性を手に入れていたらしい。
九人目の聖女は彼女にかけられた呪いのほとんどを除去したが、ごく一部、彼女の体を守る自分の呪文と混ざり合ってしまった部分は対処できなかった。
一度守護の魔法を解いてしまえば解くこともできたのだろうが――そうもいかない。8人の魔女がどこかで目を光らせているとも知れない状況で、彼女を守る数少ない術を失うわけにはいかなかった。
ゆえに彼女と――その体内で芽生えた生命である二人にはごく一部の呪いが継承された。
ほとんど影響がないレベルの物に落としたはずの呪いは、しかしそれでも呪いに耐性の薄い人間にはひどく効く。
王子はそれに該当する人間だった。偶然が生んだ悲劇であり――
「――それが、まあ、悲劇の始まりってやつだったんですよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます