詐欺師の手腕

 王城のど真ん中で繰り広げられたのは熾烈しれつな魔術戦闘だった。


 さしもの九人目の聖女とはいえ、他の8人に集結されてはどうしようもなかった。


 腕だけならば決して八人を相手にしても劣らぬ腕があると、聖女は自負していたし、その通りに戦いは進んでいた。


 均衡が崩れたのは相手が途中で卑劣にも狙いを変えて、周囲に影響を及ぼす戦い方をし始めたからに他ならない。


 途中から彼女を狙う呪いに加えて、16年後に周囲の人間は全員死ぬなどと言う呪いまで放たれたらしい、その戦いの激しさは想像を絶した。


 彼女は激闘の末、服従の呪いを阻止し、かかっていた数多の呪いをどうにか別の呪いで上書きすることで力を抑え込んだ。


 100年間の眠りの呪い。これで時間を稼ぎ、王女の祝福――いや、呪いを解く予定だった。


 そう、この8人の魔女たちが王女にかけたのは単に利益をもたらすようなものではなく代償があったのだ。


 ある呪いは傲慢さを助長し。


 ある呪いは善悪の判断をゆがめ。


 あるある呪いは猜疑心を増幅させる。


 しかし、それは叶わない。聖女は勝負に勝ち、同時に戦いに敗北していた。


 聖女は王女の身に降りかかった呪いを限界まで弱めることに成功していた――幾何かの代償を払って。


 防ぎきれなかった幾らかの呪いは彼女の美しかった様相を変え、老婆のように変貌させてしまった。もはや、以前と同じように聖女を名乗っても同一人物として扱われることはないだろう。


 手傷を負った彼女は後ろ髪を引かれるような思いをしながらその場から逃げ出した。残すことになった王女は気がかりだったが、このまま自分が討たれてしまえば彼女を救える人間はいない。


「チッ、失敗したか……申し訳ありません。逃がしてしまいました。おまけにあの女、王女殿下に呪いをかけたようです。」


 慇懃に頭を下げて『七徳の魔女』が言う。それはまるで忠実な臣下が主にするかのように典雅で――中身の伴わない礼法だった。


 最も力のある聖女がかけた呪いに国王の顔色は曇る。解くことができるとは、とても思えなかったからだ。


「ですが、ご安心ください、われわれの八人目の魔術で、その力をいくら見せましょう。」


 そう言いながらほくそ笑む女は、実に醜悪な笑顔であったと言う。


 結局、自分たちの思い通りになるのだと、馬鹿な女を笑う。


 その笑顔は人を愚弄し、あざける色の濃い物だった。


 魔女たちは考える。


『邪魔者は消えた。このまま、あの娘にかかっている魔術を解いてしまえばあとは自分達の計画通りである。』と。


 自分達はあの忌々しい女に勝ったのだと、これからの未来は安泰であると、彼女達は哄笑する。


 そうして、8人目が再び唱えた呪文は――果たして何か不可思議な力によって弾かれた。


 守護の呪文。


 九人目の聖女が最も得意とする術であったそれは、なるほど、その能力の高さを見せつけるかのように、容易く8番目の魔女の術を弾き返した。


魔女達は泡を食ったように慌てた。彼女達からすれば青天の霹靂だった。いよいよ事も大詰めに入ったタイミングで、最も重要なファクターを引っこ抜かれたのだ。


魔女たちは必死でこの守護の呪文を破ろうと試みた――ただ思い返してほしい、彼女たちは「8人がかりで聖女一人を倒しきれなかったのだ」、そんな連中の術で果たして彼女の術を破れるだろうか?





「できるわけがない。」


「だろうな。」


 自信に満ちた声で彼女が言った。


 実際、そうだろうなとテンプスも思う。パターン的にそうなるだろう。そこまで急激に人間は成長などしない――何より、『今の状況とつながらない。』


「わかってくれます?」


肩をすくめるだけでテンプスは答えとした。彼女も理解しているのか何も言わなかった。

ただ、彼に問いかけるように言って笑うマギアの顔はおそらく彼女自身の心と同じように乾いていた。






 こうして計画は阻止された――ように見えた。


 だが、それだけで終わらないのが世の常である。


 何と恐ろしいことか、8人の魔女たちがまたしても動き出したのだ。


 彼女たちは計画の失敗を悟るや、新たな策を練り上げた――何と彼女たちは逃げ出すことにしたのだ。計画が失敗している以上ここにはもはや用はないとばかりに逃げ出そうとした。


 が、そうは問屋が卸さない、王は彼女たちにいくらでも資金を惜しみなく差し出し、ここに留まって娘を救って欲しいと懇願した。


 彼女たちからすればまたしても計画外だ。早く逃げなければ戻ってきた聖女に殺されかねない。


 そう考えた彼女たちはある悍ましい行為に打って出た――


 『自分たちの呪いで国全体を覆ってしまった』のだ。


 そして、その罪を九人目の聖女に擦り付けた――曰く。


「この巨大な呪いを一人で作り出せるのはあの魔女だけ!彼女はこの国に恨みを持ち、この国を滅亡させようとたくらんだのです!」と、国の人間に喧伝したのだ。


 王は慄いた、ここにいる8人ですら手に余るほどの能力があるというのに、それをはるかに凌駕する存在がかけた呪いなど、対処できない。


 そんな王に8人の魔女の首魁がこう告げる。


『お任せください、われわれが必ずやあの魔女を打ち倒し、この呪いを解いてみせます――』


 と。


 王は歓喜し、その申し出を受け入れた。元より、彼女たちに頼む他方法はなかったのだ。


 王は彼女たちを野に放たれた――放たれてしまった。


 それが王国の凋落の最後の一押しだった。

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