ある少女の来歴

「大立ち回りでしたね。」


 けらけらと最近の定位置で彼女が笑った。


 いつもの放課後、いつも通りの場所でテンプスとマギアは先ほどの悪女の末路に少しばかり暗い悦楽に浸っていた。


「ああ、まあね、明日からがちょっと怖いよ。」


「その割に楽しそうですけど。」


「まあね。」


 テンプスはこたえた。言葉の通り顔が緩んでいるのを本人も理解していた。


 沈黙の帳が下りた。不可思議に重いそれは垂れ込めるように現れて二人の間にぬぐいがたい重圧を生んでいる。


 片方はもう一方が話してくるのを待っていたし、待たれている側もそれを理解していた。


 必要なのは勇気だけだった――いつだってそれはない事だけが問題なのだ。


 広くも狭くもない室内で、走るペンの音だけが存在を主張していた。


 どちらかが、深く息を吸った。


「――昔ね、双子の妹がいたんです。」


「――ふん?」


 意を決したように語られ始めたのは昔話。


 古い古い逸話と――の今までの話だった。



 多くの民を幸せに導く国王と王妃の間に、ついに待望の女の子が生まれた。

 王様と王妃の間にはなかなか子供ができなかったのはこの国の悲劇だと皆がうわさしている中での出来事だった。


 国は沸いた。国民は生まれた王女様を祝福し。貴族、王族が一丸となりその子の誕生という慶事のために宴席を設けるほどのことだったという。


 王様は王女様のために、さる高名な術師――聖女と呼ばれる者たちを呼びだした。祝福のためである。


 当時においても洗礼や祝福を受けられることは貴族の特権であり、彼女もその例にもれず――そして、さらに顕著にその恩恵に賜るはずだった。


 8人の聖女たちは、それぞれの得意な分野に応じた祝福を授けようと話し合い、ある計画を立てた――




「ろくでもないやつをですけどね。」


 そう言った彼女の顔は普段見ることのできない激情を押し隠しているような無表情が現れている。


 珍しく息をのむような動作で言葉が止まる。勇気が必要なのだろう――彼女の伝えたくない過去だ。無理もない。


「なるほど。」


 言いながら、彼は自分がやっていることが正しいのかについて考えていた。


 必要な事ではあるのだ。何も知らなければ対処はできない。


 ――只、この今にも壊れそうな少女にこんな真似をさせる価値があるのか?


 そう自分に問いかけた時、彼は最初にこの計画を立てた時ほどの自信を持てなかった。


「続けても?」


「――もちろん。」


 それでも、彼は結局止めることはしなかった。


 自分が始めたことだ、責任を取るべきだと思っていた、それに彼女の勇気を無碍にする権利は自分にはないと思ったからだった。





 ――さて、聖女と呼ばれていたのは実のところ、8人ではない。


 そもそも、聖女とは国の守護を担う高等な魔法使いの一種だったのだと言う。


 そして、聖女は9いた。


 最も力を持つと言われたその聖女は実際、その名にふさわしく清らかな女性であったらしい、万人に対して博愛に満ちたその女性はしかし、なぜかこの宴に招待されていない。


 これは他の8人の仕業だったと言う。


 8人たちの計画にとって彼女は邪魔者だったらしい。それは彼女の善良さと裏腹の醜い利己心からくるものだった。


 曰く、「外面だけよく見せようとして、中身がドロッドロに腐り切った汚物。」だったらしい。


 おまけに連中はどうにもこの九人目を下に見ていたらしい――まあ先述の通り腕の良し悪しで語るのなら彼女の方が上なのだが。


 腕は劣るとはいえ、国に認められた魔法使い8人による妨害はかなり熾烈な物だったらしい、それでも九人目はどうにか王女のために招待状を手に入れて宴に出ることにした――ほかの8人が何か企んでいるのが分かっていたからだ。


 彼女が付いたとき、すでに開始時刻は過ぎており、8人の聖女という肩書だけを持った魔女――いや汚物たちが、彼女への祝福を終える所だったらしい。


 テンプスにはこの時、王女に与えられたと思しき「祝福」の内容に心当たりがあった。


『ニンフの美貌』


『七徳の秘儀』


『卓越の知性』


『天上の美声』


『つきえぬ富』


『裏切らぬ伴侶』


『絶え間なき名声』





「――まあ、ここまではいいんですよ。」


 彼女は今にも消えそうな笑顔で言った。いつものちょっとタガが外れているのではと思うほどの笑顔の面影はどこにもない。


「――どっかで聞いたような逸話だ。」


 テンプスはいつのまにやら彼女によって設置されていたティーセット――一昨日まではなかったはずだが――から彼女の前に茶を置く。味は保証できないが、どちらも気にしていなかった。


「でしょうね、有名らしいですから。」


 目の前に置かれた茶――何茶かテンプスは知らなかった――を見つめるその視線には哀愁と郷愁が入り混じった何かが浮かんでいる。


「ふぅん……失礼、続けて。」




 いよいよ大詰めの8人目、おもむろに誰も知らないような古い古い言語の呪文を唱えた魔女が呪文を掛ける瞬間に九人目の聖女は現れた。


 ――!と思ったと言う。


 なぜならその呪文は――『傀儡の呪文』相手を自分の意のままにするための呪文だったからだ。


 これこそが8人の汚物共が考えた計画だった。


『国を統べる立場になる人間を生まれたタイミングで洗脳し、国の実権を握る。』


 それこそがこの愚か者どもの考えた計画だった――王女に祝福を行っているのも、最終的に自分が後ろに回って国を統べるのにちょうどいい駒としてでしかない。


 それを理解した九人目の聖女はとっさに彼女にかかる呪いを打ち払うべく呪文を唱えた。


 果たして、彼女の力量は他の8人が使う魔術を凌駕していた。次々と彼女を破滅へと導く数多の呪いを解除しようとして――脇から襲ってきた呪いに邪魔をされた。


 8人のろくでなしたちは前もって策を練っていたのだ、彼女がここに現れて自分たちの術を解いてしまう危険性を考慮し前もって国王に吹き込んでおいたのだ。


 曰く、最後の聖女は、王女様に呪いをかけようとしている。そいつが来た際にはこちらで対処するので手を出さず、あの女のたわごとも聞かぬように。と。


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