対決の行方
「ま、マギアさん?初めまして私――」
「あ、存じてますよオモルフォスセンパイ、学園一のお噂にたがわぬ美貌ですね!」
「は、はあ、どうも。」
いささかテンションが高い――あるいはそれも当然かもしれないが――マギアが、食い気味に彼女に告げる。その様子はまるで獲物を前に待てをされている狼か猟犬だ。
「いやーでも驚きましたよ!先輩の研究室に行こうとしたら先輩ったら、どっか行っちゃうんですから。面白そうだと思ったらこの二人が先輩方の事襲おうとして、魔術使ってるし……大急ぎで止めてしまいました。」
元気よく、状況の説明――もうちょっと演技派な奴はこの学校にはいないのだろうか?
「そ、そうでしたかありがt―「それにしても、驚きです」―」
再び彼女の言葉を遮るようにマギアの口が開く。
「――まさか、オモルフォスセンパイがこんな大胆に殿方を誘惑するとは!」
「――!」
まずい。と顔に書いてあった。
「わ、私はそんな――」
「してましたよね?私見てましたよ。」
否定の言葉はあえなくつぶされた。にべもない一言、普段の彼女であれば考えられない物言いにテンプスはそっと目線を伏せる。
「お、お二人は知り合いなのでしょう!?口裏を合わせて私を――」
そう言って、なお抵抗する彼女にテンプスは第一の爆弾を叩きつけた。
「――それを言ったらあなたもでしょう?オモルフォス先輩。」
「はっ?何を根拠にそんな――」
「これです。」
言いながら「切時鏡」で切り取った「瞬間の風景」を投げ渡す。
「――これは……」
それは先日、彼女が路地裏で行った秘密の夜会の様子が鮮明に映った絵だ。
「うちの祖父は僕と同じ分野の研究者でしてね、時たまこういった不可思議な装置を遺跡から見つけてくることがあったんですよ。で、これはそれで切り取った『決定的瞬間』です。」
言いながら手に持った絵をまんじりともせずに見つめる彼女にそれを示す。
「この奥にいる二人……あそこで倒れている連中と同じですね。ずいぶんと――仲がよさそうだ。」
人一人ずつの顔まではっきりと見えるほど克明なそれは、彼らが知り合いであることを明らかにしていた。
「――!?」
慄く。当然だろう、彼女はこれが誰にもばれずに行われていると信じていたのだ。
「ち、違うの」
オモルフォスの表情が曇り、俯いた。両手を目元に当てて、なにやらゴソゴソと怪しい動きをしている。
「ああ、あれか……」
とつぶやいたマギアの声は少年お耳には届かなかった――が、このパターンでこの手の人間が何をするのかはわかっていた。
「違うんですぅ。私ぃ、脅おどされてぇ」
『……なんだこれ。』
オモルフォスは顔を赤くして泣きながら許しを乞うた。
ただその目元は異様に濡れていた。
涙だ――と、観察力がなければ思うのかもしれない。
少年にはあれが唾液だとすぐにわかった、気味の悪いことをするものだ。
「わ、私ぃ、あの子たちにぃ、来ないと虐いじめるぞ。って言われてぇ」
『この圧倒的な白々しさよ……』
呆れたように告げる。糾弾にもならないなと思いながら。
「虐めるぞって脅迫されていたのに、一緒に笑ってたんですか? 確か……こういうのはギリギリまで焦らして、もう取り返しのつかないところまでいってからバラした方が絶望の度合いが違うだろ。でしたよね?あれって先輩の発言じゃなかったんですか?」
「え、ええ!あそこにいたほかの女子です!私にはあんな――」
「でも、あの場にいた女子って先輩だけでしょう?ほら、ここに映っている通りね、あの袋小路で他に隠れる場所なんて無いし、全員堂々としてらっしゃった。まるで王族でしたよ。」
「っ………!」
こうして嘘を潰していく。
時には誘導し、自滅に追い込む。
初めての体験だ。
誰かを故意に責めるなんてしたくなかったし、これまではされる側だった。
『あんまいい気分でもねぇな……』
顔を顰めて早めに終わらせることを決意した彼は、さらなる一撃でもって彼女の自信や自負を砕きにかかった。
「週末の……あー、デート?は先輩のプランでしたよね。そこでお父さんになにを発表するつもりだったのか。僕はそれも知っています」
「なっ………」
「まさか身ごもっているとは……もう少しつつましい生活を心掛けたほうがいいと思いますよ?」
実際問題、彼女の妊娠はこの学校に多大な影響を与えるだろう。
何せここは英雄を育てるための学校、そこでこのような不祥事とあれば……まあ、教員の首程度の話ではすむまい。
「……そんな絵……何の証になると言うんです!私がそのセリフを言っていたという証はどこに――」
「ありませんね。」
遮るように言う。
実際、彼女がそれを語った証などどこにもない。
「だが、あなたがこいつらと会っていた証はある。また僕に襲われたと言うのも彼女――マギアがそのような事実はなかったと言ってくれることでしょう。転じてあなたには「否定できる要素」がない。」
「――」
どこか、異邦の世界、サンケイの元居た世界で悪魔の証明と言われるこの難問を彼女はとけないらしかった。
黙りこくってしまった少女を見て、テンプスはそっと息を吐く。もうここまで来れば彼女は詰みだ。
「まあ、実際のところ、あなたがどちらであってもいいんですよ、僕はもう、あなたにかかわってほしくないだけだ――僕ら兄弟にね。」
「……」
黙るオモルフォスは生気の抜けた人形のようになっていた。だましていると思っていた人間の反撃に思考が追い付いていないらしい。
「では、僕らはこれで――ああ、この絵はこちらで保存しておきます、くれぐれも妙な考えなど起こさぬよう、お願いしますね。」
言って踵を返す。
これで収まってくれることを祈ったがおそらくは無理だろうな……と、嘆息した。
「じゃあ、私も失礼しますね――ああ、そうだ。」
マギアが思いついたように振り返った。
「――お友達は選ばれたほうがいいと思いますよ。」
それはほとんど勝利宣言のように聞こえた。
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