反抗作戦
――数日後、放課後。
翌日に例の週末を控えた最後の登校日、テンプスはオモルフォスからの呼び出しを受けて、学園の校舎裏に向かった。
言伝方法はアナログにも下駄箱に入れられていた手紙だ。
古典的であるが、現在も続く嫌がらせが最新のものにアップデートしていく環境に対応し、逆手に取って物理的フィジカル面で伝えるのは有効で最速な手段だ。
『まあ、たぶん、あれで引き留めただけなんだろうが。』
中庭には〈それ〉がいた。
「御機嫌よう、テンプスさん。ここ数日病欠とのことで心配しておりましたの。」
淀みのない笑顔だ、美しさとモンタージュのように挟み込まれた違和感との相乗効果で吐き気がする。
「ああ、ええ、ちょっと……ショッキングなことがありまして。」
「あら……それはかわいそうに。どうなさったのです?私でよければお話を伺いますわ。ほら、私の隣に」
誰が持ち込んだのか知らないが、彼女はベンチに腰掛けている――これもまた、あの哀れな犠牲者たちの誰かがせっせと運んだのだろうか?
「ほら、お隣。どうぞ?」
催促される。
それがトラップだ。座ったら終わりとなるだろう。このパターンには覚えがある――
『やっぱ最初っからこいつの仕込みか……』
思えば、自分とこいつの初めて会った時からそうだったのだろう。
この女と初めて会った時、自分は「ベンチに座っている自分の彼女に不埒な行為に及ぼうとしている」と言って因縁をつけられたのだ。
あの時と同じやり方でなぜ自分が騙せると思うのか理解はできなかったが……まあ、わかりやすいならそれでもいいだろう。
「ああ、いえ、ここで結構です。最近寝どおしだったので足がなまって……」
もしお仲間が近くにいるとすれば背後か、近くの茂しげみのなか。
でも舐めるなよ? こっちと来た日にはこれよりも悪辣ないたずらを仕掛ける兄弟とやりあってきたのだ、わかっているならどうにでもなる。
『――後ろに二r――ああいや、大丈夫そうだな。』
探った気配が『消えた』ことに少しばかり驚くが顔には出さない。
今のテンプスにはいくつものアドバンテージがある。この目の前の魔女にとっては未曽有なものだ。
とはいえ、知らないとしても、演技だとしても、自信に満ち溢れたこの顔はどんな根拠からくるものなのか?
「どうされたんです、そんなに沈んだお顔で。慰めてさしあげます。さぁ、私の膝にどうぞお顔を乗せて。殿方に膝枕をして差し上げるの、私の夢なんですよ」
ずいぶんとまあ夢の多い女だな……と苦笑する、それとも夢だと言えば万人が叶えるために動くと思っているのだろうか。
「では、なにがよろしくて?私、あなたには心も体も委ねようと決めていますの。だからこれからどんなことがあっても、なにをされても受け入れます。少しくらいなら、お触りになってもいいんですよ?」
可愛い笑顔で語る――彼女でなければ見ほれたのになぁと少し残念に思った。
言いざま彼女がブラウスのボタンを外し始めた――もう少しどうにかならないのだろうか、父に減刑の嘆願に来た場末の娼婦だってもう少しましな誘い方をしていた。
「――さぁ、旦那様。どうぞ?」
――瞬間背筋に悪寒。
明らかに呪いの気配が表皮をはいずって――消えた。
『……なるほど、肌見える広さが術の強さに影響するのか。』
冷めた目で相手を観察していた彼が煩わしそうにそう考える――正直、体に小形の虫が這い回っているようで非常に気分が悪い。
そこで背後の茂みで身動ぎする気配があった。
『――なるほど、後ろの連中は僕を捕縛するわけではない。あくまでも目撃者ね。』
なるほど確かにこの状況、他人に見られれば恋人同士の逢瀬に見えるだろう。その後、彼女の父に彼女がこう泣き付けば計画は完璧だ。
『あの時、実は関係を強要されていて……襲われてしまったんです――』
とかなんとか。
『これがこの前言ってた「そのための準備もしてある!」か、まあ……雑だが僕になら通じるなぁ。』
――が、まあ、世の中そううまくもいかない物だ。
合図でもするように「きて」ともう一度告げる彼女の言葉に呼応するように、不安定な体勢から崩れて茂みから上半身が飛び出す形で昏倒した人間が現れた。
「あっ!? えっ………え?」
女は面白いくらいに混乱している。そりゃそうだろう味方があれでは計画も何もあるまい。
「――おや、どうしました先輩。鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔で。」
笑う。
彼女に向けるこの笑顔が彼女にどう見えているのかはテンプスにはわからない。
ただ、目の前の顔を見るに、それほど好意的な表情ではないんだろうなとだけ思った。
「ぇ、あ、いえ、あそこで人が倒れられたので……」
「えっ?それはまずいですね、この状況だとまるで「先輩が痴女のようだ」」
「――!?」
ここで気が付いたのだろう、事態がまずい方向に向かっている事に。
確かにこの状況はまずい、だって「テンプスは彼女に触れていない。」
彼女が勝手に服を脱ぎ始めたのだ。破られた形跡もない、そうなってくると今度は一転彼女がまずい立場になる――神聖な学び舎で場末の娼婦か痴女のように男を誘惑しているのだ。周囲からの叱責は避けられない。
とはいえ、それはある程度評価が均一だった場合、そうでない以上、彼女の優位性は揺るがない――とオモルフォスは思っていた。
「――何を言い出すのですか?私は貴方に言われて――」
虚言を吐く、彼を貶めるためのウソを。
確かに、彼の評価であれば彼女の信用と天秤にかけ彼女を信じるものは大勢いただろう――が、全員というわけでもないし、嘘だと知っている人間がほかにいないわけでもないのだ。
「――いるんだろ?出てきなさいマギア。」
「――あ、ばれてました?」
言いながら、あの二人の男の倒れた茂みから出てきたのは誰あろう、一回生の天才が一人――マギア・カレンダだった。
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