ある女の計画

「あー、食った食った。気持ち悪わりぃ……ぐふふ、でもまぁこれもあの殺人鬼を地獄に叩き落すためだ。吐き気すら愛おしいなぁ。」


 声は路地裏で響いた。昼の明るい時間帯なら警邏隊が出動し治安維持に勤めているが、夜勤の人員は予算でも削減されたのか、少なくなりここまで足を運べない絶妙な時間帯だった。


「よくあんだけ食って体系変わんねぇよなぁお前、うらやましいぜ。」


 周囲を囲むように歩く男の内、最も彼女と縁の深い男が言った。こんな口が彼女に聞けるのはこの集団で彼だけだった。


「ま、これも生まれ持っての才能ってやつぅ?美しくなることが義務ずけられてるのよぉ!」


 美貌を哄笑でゆがめた女――オモルフォス・デュオが言う、その笑顔は学園で見せるものよりも自宅でメイドたちをなぶるときに見せるものに近い。嗜虐的で――悪魔のように見える。


「やー流石っす!美の女神に愛されてますね!」


「だろー?わかってんなぁお前!ほれ、チュ」


 そう言って放った投げキッスを受けた取巻きだろう男が「ぼっ!」と言う到底、人の口から出そうもない声を発して崩れ落ちる。鼻から噴き出した血で地面が汚れた。


「キャハハハハッ! あーっ、もう。おかしー!」


「あーあ……完全にぶっ飛んでら、あんまうちの部員壊すなよな。」


「えーご褒美でしょご褒美、あんたもああなる?」


「まさか、あんなみじめな生き物にだれがなるかよ。」


 がくがくと痙攣する男をしり目に取巻きと女の会話は続く。そこに倒れた男を心配する兆しは見えない。


 悍ましい光景だった、人間性の底辺を見ている気分とはこういうことを言うのだろう――さらに恐ろしいのは彼らの下劣さを考えると決してここが下限というわけではないことだ。


「そんでー? どうするよ」


「何がよ。」


「そりゃお前『魔力なし』のことだろ?」


「……ああ、あのごみのことか……しょうがないだろう?昨日から学園に居ねぇんだから!」


「そうはいってもお前、計画は――」


「はっ、任せな!もうあいつの弟にアプローチしたよ、あの餓鬼には私の美しさもわかるようだからねぇ。」


「かーっ、さすが先輩の考えるこたぁ俺たちとは違いますねぇ!」


 逆ハーレム状態にある烏合の衆。話す内容は地獄の悪鬼か何かのようである、だと言うのにそれらは人の皮をかぶって街を闊歩している。


 学園で彼女を女神と呼ぶ人間全てに対する裏切りを、何の呵責もなく行う彼女の顔はなるほど魔女のそれだった。


「前々から鬱陶しかったんだよね。なんで人殺しの屑の息子が私の周りにいるんだろってさ。虫唾が走ったよ。だから消してやろうとしてんのにさぁ、いちいちいちいち癪に障る野郎だよ。まあ弟の方は私に惚れたっぽいし、このままはめてやるよぉ!ギャハハハハハハッ!!」


 嗤う。


 人類として、許されるような行いではない行為を誇らし気に語る。


 いずれも唾棄すべき行いだがそれを咎めるものはここにはいない。歯止めのない会話はさらに躍る。


「さーて、じゃあオモルフォスよぉ。種明かしはいつにする?」


「あン? そりゃ、週末のクソお家デートでいいじゃんよ」


「へぇ、どうすんだい?」


「私のお腹の子は、テメェの子だよって言ってやんのさ。クソジジィの前でね!そのために、クソジジィも早く帰ってくる日にしたんだから!前に強姦おかされたって目の前で泣きついてやんのさ!そのための準備もしてある!抜かりはないよぉ!」


 下品な笑みを浮かべる。傍から見て質が悪い計画はそれでも、それなりに周到に練られたものであるらしかった。


「獲れるもんは少ねぇけど今後の養育費ってのをあいつのゴミにも劣る全財産から総取りしてやるってことさ。ま、私はお金なんてクソジジィに集ればいくらでもパクれるけどよぉ、死刑執行人のムチュコチャンの人生はそれでパァ。お家も断絶、家族からも三行半。どぅ?最高に絶望した顔が見れるでしょ?」


「かーっ……さすがっすねぇオモルフォス先輩えげつねぇ!」


「あん?でもそれ、あいつが来なきゃ失敗じゃねぇか?あいつ学園に居ねぇんだろ?当日も体調不良だとか言ってこなかったらどうすんだよ。」


「そん時ゃ、あいつの弟に同じことしてやんのさ!そうすりゃあいつの家はどっちみち破綻!あたしらは体のいい下僕として、あのエリクシーズのトップを手に入れられる!こんなに都合のいい結果があるかい!?」


「なるほどなぁ……うまく行きゃ、あの糞小生意気なテンプスが、俺の子共を育てるってか?そりゃいいぜ!まるでカッコウだな!あいつ去年の剣技大会で人のこと負かそうとしやがって……なんならいっそ警邏に届け出て一生奴隷にしてやるかぁ?なにしたって文句言われないんだぜ?俺たちの奴隷チャンはよ!」


「いいねぇ!「信じています、更生することを――」とかなんとか言っとけば周りはころっと騙されるわけだ!たまんないねぇ!」


「かーっ!ソルダム先輩もえげつねぇ!」


「だろう!いやー俺の天才性怖いぜ―!」


 意気揚々と話す悪鬼たちはその場に倒れ伏した男を置いて歩き始める――そろそろ門限でもあるのだろう、しぶしぶと言った風情の動きだった。











「爺さんはほんとにいい物を見つけてくれた……こいつがなきゃことだったな。」


 彼らが話していた路地の屋根の上、ひっそりと隠れながらその悍ましい会話を聞いていた男は不愉快の極みと言った顔でそうつぶやいて、宵闇の中に消えた。

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