絶体絶命のひと時

「――先輩!!無事ですか!?」


 がれきを挟んで反対側に落ちたマギアの声が、突然生まれた吹き抜けに響く。返答の声はすぐにあった。


「あー……一応、君は?」


「椅子ごと突き飛ばされたせいで腕が下敷きになって超痛いです!折れたかもしれません!」


「それは失礼、まあ、僕もそれどころじゃなくなりそうだから勘弁してくれ。」


 言いながら視線の先に意識を集中する。そこにいたのは二つの影だ。


 自分とマギアたちを隔てるように立ちふさがる騎士に目を凝らしたテンプスの口から驚きの声が漏れる。


「――なんとまあ……!」


 その影の形を認識してテンプスは飽きれたように顔を引きつらせた。


 その二つの影はあまりにも人間離れしていた。


 片や三メートルを超えた長身痩躯の鎧の大男、全身が金色に輝く面妖な鎧は何かでぬらぬらと濡れているように感じる、手に長大な大剣を持つ、まるで騎士のような出で立ちで、睥睨するようにこちらを見ている。


 もう片方はまるで石像のように白い、これまた巨大な盾を背負った姿で。手に持つのは巨大な戦斧で、長さはテンプスとマギアを合わせたほどであるが、彼が持つとまるで小枝のように見える。


 しかし、最も目を引くのはその顔だ。


 片や猛禽類の頭部を持ち、もう片方もやはり人ではなく熊のようだ。


『こいつら――』


 彼の中にある史学の知識がささやき、彼らの容貌と武器から正体を明らかにする。


「――『鳳落とし』のモーズと『城崩し』のバルドか?こんなところで警備員とは、ずいぶん落ちぶれたな。」


「――はぁ!?大戦の大物じゃないですか!なんでこんなところに……!」


 どちらも、魔族側で活躍した英雄で、現在は魔族の領土で騎士を任じられた――らしい、有名な話だ。


 そんな偉人たちがなぜこのようなところにいるのかは――


『まあ、想像はつくな。』


 何かしら事情があるのだろう。容易に想像がつく。あの女が関わっている以上、おそらくはろくな理由ではあるまい。


「子供でもさらわれたか?」


 ぽつりとこぼした一言に、ピクリ、肩が揺れる。どうやら当たりを引いたらしい。


『だとするともう戦わなくていいはずだが……』


「――あ、きたぁ」


 その時、蹴り込んだ扉の向こう側から、間延びした声が響いた。虚ろな目をするオモルフォスは、二つの影に幼児のような口調をしながら縋る。


「ねぇ、私の騎士さん、私をいじめる魔女とごろつきがいるの、退治して?」


 そう耳元でささやかれた二つの影が痙攣するかのように揺れる。その様はまるで歓喜/恐怖に打ち震えるようだ――


『――なるほど、こいつら特攻の呪文か。』


 要するに弟と同じような状況なのだろう。何かしらの事情で抵抗できずに魅了された、結果、ここにいる。


『まったくどいつもこいつも根性のない……!』


「先輩!逃げてください!その連中、あの魔女の支配下です!殺されてしまう!」


「それは分かるんだがね――逃げたら君らが死ぬだろう。」


「――!?」


 言われたことに驚いているのが空気の変わり方でわかった――自分が彼女や弟のために戦うのがそんなに不思議だったろうか?


「――行けカスども。あいつのはらわた引き裂いてやれ。」


「――キョォォォ!」


 怪鳥音が鳴った。それがモーズの口から出ている音だと気がついたときには、すでにかの英雄は自分の真ん前で大剣を振り上げている。


「――!」


 その大ぶりの振り上げから打ち出される一撃は、かつて国すら滅ぼしたとされる巨大な鳥の首を刎ねたと言われる絶対的な死、少なくとも学生が素手でどうこうできる道理などない。


 しかし、その当然をテンプスは踏み越えて見せた。


 大上段に構えられた剣をすり抜けるように左にステップ、体を前に投げ出して、大剣が天頂に振り上げられるよりも早く行われた一連の動作は、巨剣の一撃をどうにか躱す。


 絶死の可能性を躱した彼だが、攻撃の手が休まるわけではない、さらに後ろから現れた熊――バルドが横薙ぎに斧を振り切る。


 完璧なタイミングでの追撃、かわした後で体制の整っていない相手の胴体を真っ二つにする攻撃――しかし、テンプスはまたしても反応して見せた。


 ステップするために前に出していた左足を強く踏み切っての跳躍、ぐるりと空中で一回転してみれば、頭の真下を斧の斬撃が通る。


 攻撃を飛び越えて着地した彼は即座に体を前に投げ出す、すぐに左腕の追撃が来るのが分かっていたからだ。


 振り抜かれた腕の一撃をかすかに間合いから外れることで躱したテンプスは懐に手を伸ばす。


 彼が必要としていたのは、制服の胸ポケットに眠る少年の秘密兵器だ。


 未だに『簡易起動』状態で胸に張り付いているそれを、完全な起動状態に移行する必要があった。そうすれば、この状況を何とか出来るはずなのだ。


 秘密兵器に手が触れた瞬間、それは起こった。


「――!?」


 突然の衝撃、体が浮いていると理解した時には体は空中を横滑りしながら自分の弟の方に向かって吹き飛んでいた。


 ゴン!と体が地面に接触する音が響き、テンプスの体がマギアの椅子の隣に転がる。


 自分がどうやってここまで弾かれたのか、テンプスにはさっぱりわからない。わかるのは、自分が横たわっている事と体の感覚がしないうえガタガタと震えて動かないということだけだ。


 一撃で致命的な損傷を受けていた。疑いようのない死の気配が背筋を上る。


「―――!」


 マギアが何かを叫んでいるのが分かったが内容が分からない。わかるのはただ一つ――


『……このままだと死ぬ……』


 ただそれだけだった。


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