とどめの一撃

「……勝手にしなさい。ただし、私が自身の身の安全が確保でき次第、お前の財を潰しにかかるからな。」


「あっそ。ご自由に。その頃には……」


「――無くなってますよね。」


 いよいよ決定的となった破断は、彼らの間に埋めがたい溝を残した。


『さて、とどめの一撃。』


 このタイミングだ。自棄で根拠のない自信に満ち溢れたその態度を、地獄に変えられるのはここだけだろう。


 そう考えた彼の追撃に、ぎくりと魔女の肩が揺れる。それでも虚勢か勘違いか、次に放たれた言葉は先ほどまでと変わらぬ横柄なものだった。

 

「……ああ?何言ってやが――」


「僕が調べた限り、この会社の総資産では、これからをのり越えるのは不可能だ。って話をしてます。」


「ありえねぇな!一体何が起こったらそんな――」


「すでに国際法院の騎士は各地に派遣されており、事実はすでに明るみに出ていると言っていい。そうなれば各地の損害賠償で凄まじい額の金が飛ぶ。それから代表に就任するということは、先輩がすべての責任を負うってことだ。いかに悲劇のヒロインぶったってところで、糾弾は免れない。僕にしたことなんて些事ですよ。」


「ぐく………そ、そんなこと、知るかよっ!」


「あなたが知っているのかどうかはどうでもいい。現実として、その法律がここにあるという事実がすべてです。ついでに言うなら、それ以外にもいろいろと金が出ていきますよ、奴隷にされていた人たちへの損害賠償責任を問われれば応じるしかないでしょう。人権や思考の自由を奪われた際の罪は金額に直すとすごいですよ。」


「そ、それは………」


「それにお父様はもっともやっちゃいけないことをしたんですよ。」


「え?」


「――あなた、魔族奴隷にしてるでしょう?」


「―――!」


 瞬間、部屋の空気が固まる。これはそれだけ重大な犯罪だった。


「――大戦のあと、国際法院は魔族の各首長をまとめあげて自治区を作りました。そこに魔族の領域を作った。これは殲滅戦に移行し、これ以上血みどろの戦いにならないようにするための措置でした。この世で最も先進的で人道的な行いだったと僕は思います。これはご存じでしょう?」


「……」


 デルタから注がれる視線に混じる感情はとうとう殺気しか感じなくなった。視線だけで本当に人を殺してしまいそうだ。


「そして、二度と大戦が起きないように、彼らに一定の人権と不可侵を確約した。「」だ。これのおかげで平和は守られていると言ってもいい――ああ、無論、勇者の存在もね。」


 大してそう思っていないかのような、取ってつけたような言い回しに一瞬、部屋の雰囲気が揺らいだ。しかし、それを気にしても仕方がないとばかりに、テンプスは話を続けた。


「そしてデルタ・デュオ、あなたはこれを全力で無視している。」


 向けられる視線は三者三様だったが、その視線に好意的な色はない。オモルフォスすら呆れたように蔑んだ視線を向けている。


「その光景はすでに写し絵にとって執行官に渡してある。国際法院は決して、決してあなたを許さないでしょう。すべての個所を電撃的に襲ったのもこれが原因ですよ。」


 一瞬の沈黙。内容が内容だったからだろう、誰も口を開かない。


「……貴方は国を渡ると言いましたが、もう無理ですよ、デルタさん。どこの国も国際法院に喧嘩は売れない、あんたをかくまったら国に対して国際法院が介入する口実になってしまう。」


 それは著しく国益を損なうだろう、この先、職も家名も完全になくすだろう。この男にそこまでしてやる価値はない。


 それが分かった瞬間、男は完全に意識を失った。最後に精神を守っていた誇りと自信が消え失せて、現実に耐えきれなくなったのだろう。


「――これで一人目。あと一人か。」


 ぽつりとこぼす。偉く時間がかかったが、これで一人目だ。


「マギア、もうちょっと待て、片付き次第――」


「ふ、ふふ……ふふふふっ」


 突然聞こえた声に本能が警鐘を鳴らした。最大級の危険信号。


 確かに様子がおかしい。あのチンピラみたいな口調から、どこか落ち着いているような――――それでいて廃人みたいに瞳から生気を失っている。


「クソジジイが消えたぁ……あとは、お前らだけだなぁ。」


 涎を撒き散らし、おぼつかない足取りで進む彼女の姿に、若干の恐怖を覚えて後退る。


「……壊れたか?」


 言いながら魔女に近づこうとしたテンプスを鋭い声が止めた。


「――逃げてください!魂が表出化しました!あの分だとあのくそ魔女、正気じゃない!」


 次の瞬間、弾かれたように飛び出していたテンプスは、魔女の細い体を叩き割るように


「――へっ?」


 一瞬喜劇か何かのワンシーンに見えたそれは、しかし現実だった。


 当たり前のような顔で四メートルはあっただろう距離を一瞬で詰めて、強烈な蹴りでなんと部屋のドアを突き破り、魔女を追い出したのはいつもあの時計をいじっていた先輩だ。


「サンケイ、大丈夫か、おい、マギ――って、どうした、鳩が豆でもくらったような顔して。」


「えっ、ぁ、いや……」


 今までの話よりもよっぽど理解の追いつかない光景に唖然としていた彼女の意識が現世に浮上する。衝撃は残るがそれでも聞かれたことに答えようという思考は働いた。


「?ああいや、それより、こいつ、治せるか?僕にはどうにも……」


 一瞬首をひねったテンプスだったがそれよりも優先すべきことがあった。


 完全に虚脱状態になった自分の弟のことだ。蹴られてから微動だにしないと思えばよだれを垂らしながらさめざめと泣いて身じろぎ一つしなくなっている。


 どうにか引きずってマギアの前に連れて来たサンケイを、テンプスは心配そうに眺めていた。


「あ、ああ、はい、封印さえ解ければ大丈夫です。」


「ああ、そりゃよかった。封印か、その体に走ってるぱた――」


 ――殺気!


 背中がざわついた。


 と思った瞬間、テンプスはすでにマギアとサンケイを突き飛ばして後ろに跳び出していた。


 ――天井が勢いよく砕け散って、そこから二つの影が現れたのはその時だった。

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