風雲急を告げる……

「なんか今日は……一段とすごいですね。」


 昼休み、なぜだかわからないが拉致されてるテンプスに向かってテッラがつぶやいた。


「あー……ほら、学園の女神告白事件の。」


「ああ……個々人の自由だろうに余計なことを。」


 吐き捨てるようにつぶやく言葉に苦笑をもらし、米俵のように担がれているテンプスはそろそろおろしてほしいという意図を彼の腕に伝える――無言の却下、実は一番頑固なのは彼だった、一度決めるとてこでも動かない。


「鬱陶しいね。殺そうか?」


「いらんいらん。」


「では焼くか!」


「言い方の問題じゃないぞー」


 両サイドにつくネブラとフラルが、嫉妬から憎悪の目に変わった視線に牽制――では済まない殺意の籠った視線を向ける、テンプスとしては実害のない視線程度で弟の友人を殺人犯にするつもりはなかった。


「これはマギアの言う通りだったわね……私たち以外だと歩くのも難しいわ。」


「おん?ってことはこの拉致計画は彼女の発案かね。」


「ええ、彼女が「たぶんお昼に教室から出たら殺されそうな気がする」って言うものですから。」


「殺されはせんよ、さすがに……」


 さらに深まった苦笑は誰にも見取られることなく空気に消えた。


 ――こんな愉快な状況に彼がおかれているのはごく数分前のことだった。


 何時もの様に居心地の悪い教室の座りの悪い椅子で、歓迎されない授業を終えた彼のもとに、突然、学校一のアイドル集団が現れ「お昼を共にしないか!」と言い出したのだ。


「はい?」


 彼が発することができた言葉はそれだけだ、あれよあれよと男性陣により拘束された彼はまるで米俵か死体の様に肩に担がれてここまで来たわけだ。


「これはさらし者にされているのでは?」


 と彼が発した疑問は自分よりも一歳下の天才たちにさらりと無視された――もしかして自分は彼らに嫌われているのだろうか?


『だとしたら悲しい事よなぁ……』


 そう思いながら米俵は昼食まで自由が利かないわけじゃないだろうな?と首をひねっていた。





「サンケイさん。週末のご予定は?」


 昼休み、友人たちの待つ屋上に向かおうとするサンケイ・グベルマーレの耳に届いたのは鈴を転がすように澄んだ耳聞こえのいい声だった。


「あー……とりあえず何もありませんよ、なぜです?」


「ああ、いえ、その……お兄様を誘って、遊びに行きませんこと?ショッピングがしたくて。殿方と護衛なしで出かけるのは初めてで、でも幼少の頃からずっと憧れていたのですよ。いかがですか?」


「ああ……ええ、兄に言ってみます。もしダメだったら――」


「その時はサンケイさん一人でも構いません、お兄様のことをお聞かせいただきたいですし。」


「わかりました。」


「よかった!では、また週末に――」


 そう言って別れた少女の醜い笑顔をサンケイは見ることもなく知っていた。


「……どういうつもりです?まさかお兄さんを生贄にしようなんて下種なこと考えてないでしょうね。」


「――まさか、あんなうすら寒い女に兄さんは渡さないさ。」


 オモルフォスと別れて数歩、すでに彼女の気配がしないことを確認した同行者――マギア・カレンダが訝し気に口を開く。


「僕には僕なりの計画があるんだよ、これまでだってきっちり君の助けになっただろう?信じてくれ。僕は君の味方だ。」


「……分かりました。信じましょう」


 そう言って引き下がるマギアを見つめてサンケイは悦に浸っていた。


『やっぱ多少イベントがなくても主人公と結ばれるようにできてんだな―』


 鼻歌でも歌いだしそうな心境で彼は泰然と歩く、その歩みはまるで勇者か――圧制者のようだった。


「……」


 そんな彼の後姿を見て、マギアはいぶかしんでいた。


『あまりにも手際が良すぎる……』


 それは目の前で隠しているつもりの喜びを隠せていない少年に向けての物だ。


『今回の件にしても……私と初めて会った時にしても……あまりにも手際がいい、まるで『前もって私の望みをしていたよう』に……まさか、……』


 脳裏に浮かぶのは彼女の母をはめた七人の屑のうちの一人、ごく限定的な範囲において未来を予見する――必ず当たるわけでもないが――魔術を扱う魔女だった。


『……いや、あれが裏で糸を引いてるなら私を生かしておく理由がない……ならなぜ……から来た?いや、それなら……』


 思考は巡るが答えは出ない。


 ただ――


『彼にこれ以上頼るのは危険だ、私が一人でやるしかない――これ以上先輩は巻き込めないし。』


 脳裏に浮かぶのは自分のためにと、その身に何の神秘も宿さずに相手に向かっていった男の姿。


『あれが1200年かけても何も変わらないのなら、あいつは先輩の様に善良な人間に引き合わせるべきでも、そばに置いておくべきでもない。』


 あの後ろ姿が、いつか失ってしまった人と重なる。

 手を伸ばしたのに届かなかったもの、1200の時を超えてなお消えぬ傷の表れ――許されないあの女たちの罪。


『……あの子は、あの人はお前たちとは違う。なにも悪いことをしていない。どこに生まれるかなんて定められない。貶される謂れは無いはずの人。理由もないはずの私を唯一守ってくれたひと……おまえが、与えられたもので何時かの様にあの人を陥れようとするのなら――』


 許される理由も許してやろうという気持ちもない。


「今度こそ消し去ってやる。」


 ぽつりとつぶやいた言葉が 誰にも聞かれることなく空気に消えた――聞き咎めたものはどこにもいなかった。

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