ある女の異常な日常

「――首尾はどうです?」


「あの一件だけしか……おそらく、隠れている物かと。」


「ア゛ア゛ア゛ァァァ………うっざ」


 豪奢でありながらまとまった部屋で女が吐き捨てた。


 まるでその空間に親の仇でもいるかのように顔をゆがめて、彼女は煩わしそうに頭を振った。


 煩わしそうに奇声を上げる女――オモルフォス・デュオ。


 その姿はまるで学園で見せるものとは百八十度違った。


 その表情は醜悪にゆがみ、まるで鬼か何かの様に赤黒くなり、 まるで暴君の様に部屋のベットの上で罵声を発する姿は女神と言うよりは悪魔のそれだ。


「つっかぇねぇなぁ……消えろ、ああ、いつも通りに飯だ、わかったら行け。うえっ、キッモ」


 数人のメイドに朝食を運ばせる。ベッドに広いテーブルをセットし、ドリンクに最高級のジュースと――メインを並べた。


 何枚ものぶ厚いステーキが所狭しと並べられるなか、オモルフォスは吐き気をも肉とともに咀嚼して呑み込んでいく。


 朝食にしては重すぎる肉。牛と豚と油。何十人ものメイドが列を成してステーキとハンバーグをテーブルにセットし、空いた皿を下げていく。この流れ作業は朝と夜、毎1時間行われる。消費する肉の量たるや、なぜそこまで胃に収まるのかと目を疑ってしまうほど。


 ベットの上でだらしのない姿を見せる女は1枚500グラムのステーキを8秒で平らげた。同量のハンバーグなら5秒になる。どれだけ熱されていようが構わず3回噛んで呑み込んでしまう。


「気持ち悪い……でも仕方ないか。この子も欲しいのよねぇ。栄養が。」


 美しい肢体に熱された油が垂れようが、高級シルクのパジャマが、ベッドのシーツが汚れようが食事をやめようとしないオモルフォスは病的な目をして腹を撫でる。


 呟きは咀嚼音で消えたが、手付きを目にしたメイドは「もしかして……」と女性ならではの勘が働いて。でもそれを口にせず「どうせいつもの食べ過ぎだ。」と自己暗示してローテどうり動く――それしかないのだ、わかったところで何がどうできるわけでもない。


 獣のように食物をむさぼるその姿すら美しく見えるのはいかなる魔性のなせる業か――しかし、その姿に親しみや愛情を覚えるものは少ないだろう。


 今の彼女はまるっきり人をたぶらかして食べてしまう寓話の魔女のような有様だった。


「あーチクショ……あのクソガキ……なんだって私の誘いを断りやがったんだ……?まさか、の術が……」


 いぶかしむように顔を顰める――さもなければ、あの女の縁者がやはり何か……


 考えながらも彼女の腕は止まらない、もはや十数人入るだろう、メイドの列すら、追いつかないほどに彼女の食べるスピードは速い。


 そして、そのローテーションを守るのは彼女たちの責務だ、それを怠るようなことがあれば――


「きゃ!ぁ……」


「――ああん?」


 一人のメイドが皿を下げる過程で足を滑らせた。


 倒れる体、乱れるローテ……そして、美しいかを悪ひどく不満げにゆがめてこちらを見る主――


「も、申し訳ございません。お嬢様!」


 とっさに頭を下げる。


 彼女は新人だった。


 田舎から出てきてこの屋敷に入り、これからいい暮らしをするできると思っていた――内実を知るまでは。


「っち……モブごときが私の邪魔しやがって……ちょうどいいか。」


 言いながら彼女はベットから降りた、その光景は見た目には天使の降臨のようだったが実際には悪魔の行進だった。


「ひっ、お、おゆ、お許しください、お嬢様!」


「は、無理に決まってんだろ――ねぇ、あなた。」


「ぼひっ」


 耳元で、響いた言葉を聞いたとき、メイドの少女の鼻から血が噴き出した。


 アイの形だ――と少女は思った。


「あっ、あっ、ああっ、ち、近いです、お嬢様」


「当然でしょう近いているんですもの。」


「あっあっお、おっしゃる、おっしゃる通りです!」


 顔に熱がこもる、熱に浮かされたようにとろけた表情で彼女はその言葉に賛同している。


「ねぇ貴方、あなたは私の前で許されないことをしたわ、わかる?」


「――はい!はいぃ!ごめんなさい!!ごめんなさい!!何でもします!ゆる、ゆるひてくらひゃい!!」


 恍惚ととけた表情を一変させて、泣き叫びながら彼女はガンガンと地面に頭をぶつける、上げた頭には血がにじんでいた。


「汚い、やめろ。」


「はい!お嬢様!」


 頭から血をだらだらと垂らした少女はニコニコと謝罪をやめた、声を掛けられたことがうれしくて仕方がない様子だった。


「――いい子ね、でも、あなたは償わなければなりません。わかるでしょう?」


「はいお嬢様!」


 きりっとした一言。頭から流れ達は服の生地に吸われて服を歪な変色に導いている。


「――じゃあわかりますね?」


「はいお嬢様!贖罪の機会をくださってありがとうございます!」


「いい子、じゃ、やりなさい。」


 言いざま、彼女は手に持っていた食事用のナイフを手渡す。手が触れた瞬間「ぷぎぃ」と妙な奇声を発してまた鼻血を噴出したメイドの少女は笑顔で――腹にナイフを突き刺した。


「ありがとうございます、お嬢様!あなたは最高の主です!お嬢様万歳!」


 叫びながらもう一度ナイフを突き立てた。


「お嬢様万歳!お嬢様万歳!お嬢様万歳!」


 ぐさりぐさりと音が鳴る。


 複数回にナイフを突き立てた少女は恍惚の表情で「お嬢様万z――」と言いかけて死んだ。


 その光景を彼女の同僚たちは恐れと憧れの表情でただ見ていた。


「あー……?なんだ効くなぁ……どうなってんだ?」


 その光景を見ていたオモルフォスは訝し気に死体を見つめた――普通はこうなるはずなのにと思っていた。


「まあ、いいか、もう一回やってみりゃわかんだろ。ん、ああ――」


そこで気がついたようにメイドの方に向き直った彼女は学園でやっているように猫をかぶって一言。


「――皆さん、ここで起きたことは「ないしょ」、ですよ。」


 かわいらしい声とふるまいだった。今しがたとはとても思えない。


「――はい、お嬢様!」


 全員が鼻血を垂らしながら同意する――魔女の館は今日も変わらず暴君の下にあった。






















「……想像の十倍はやばくてわらえんな……」


 そうこぼした少年は来た時と同じようにあらゆる防衛網をかいくぐって屋敷を抜け出した。

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