驚愕の……

「テンプスさん」


 曲がり角を研究個室に向かう最中、目の前にいた少女に声をかけられた。


「あー……どうもオモルフォス先輩。」


「お早うございます。良い朝ですね。ご機嫌如何ですか?」


「あ、はい。その………普通です」


「そうですか。それは良かった」


 あの面倒な一件から、どうしてかテンプスはよく彼女に会うようになっていた。


「あの石棺、どう思います? 父が所有している土地に湖があるのですが、そこから引き揚げて鑑定してもらったら、まさか1000年以上前のものだったなんて思いもしませんでした」


「でしょうね、普通の人は思いませんよ」


「ふふ、父にも言われました。」


「……確か、王都の城を建築した総責任者だった、建築会社の現会長でしたっけ。」


「ええ、自慢の父です。遠方にいくつも土地を所有しておりますの。父は将来を見越し、新たな観光地になるかもしれない場所を発掘する先見の明があります。」


 いささか誇らしげな響きを持たせた言葉が放たれる、その顔には誇りとも驕りともとれるものが浮かんでいた。


「ああ、そうそう、調査した湖も埋め立てて、私のために館を建築してくださると約束してくれました。旦那様と過ごす幸せな日々のためにと」


 言いながら、ほほを赤く染める彼女に後ろにいる取り巻きが完全に自我を失っている、なんとも薄気味の悪い光景だった。


「ほぉ、それはすごい――」と答えながら彼は悩んでいた――彼女は何をしに自分と接触しているのだ?


 テンプスの中で何かが新たなパターンを見出し始めている。それが何かは分からないが、決して良好な物でないことは彼の中の本能が伝えていた。


 視線をさまよわせて、囁く本能の訴えに耳を傾けているテンプスの目の前で何かが動いた。


「こら、テンプスさん。どこを見ているのですか?今は私を見てくれなければ、メッ!ですよ?」


「え、あ、はい。」


 相手からこういわれては彼とて無理に思索を続けるわけにはいかない。何せ相手は学園の女神だ、下手のことをしようものなら取り巻きから何をされるかわかったものではない。


「いいですかテンプスさん。女性と対面している時は、なにごとも第一に優先し行動しなければなりませんよ?」


「おっしゃる通りです、失礼を。」


「はい、いい子ですね。特に、私が想っている殿方であるからこそ、第一に優先してほしいのです。そのところとご理解いただけると嬉しいです」


「ええ……ん?」


「もう、そこまで言わなければ意思疎通は難しいのですか?私、これでも最大の勇気を振り絞って、人生で初めての告白をしたつもりなのですが。」


「……はぁ?」


 心底不審そうにテンプスは口を尖らせた。







「――で、どうなったんですか?」


「知ってんだろ?」


「ええ、まあ、断られたそうですね。」


 夕暮れの茜が世界を支配する頃合い、ここ最近の習慣として研究個室に集まった二人の男女が作業がてらに語った。


「なんで断ったんです?いい話じゃないですか。」


 からかうようにマギアが問いかける。ただその声の中にどこか探るような響きを聞き取ったのは彼の気のせいではあるまい。


「それも聞いたんだろう?僕は死刑執行人に内定してる。そして死刑執行人は――」


「「死刑執行人の組合に入っている人間としか結婚できない」でしたっけ?」


「付き合うのにも若干制限がある――まあ、親もいい顔はせんだろう。土台無理があるよ無理が。」


 煩わしそうに時計に組み込む最後の部品をはめ込んで肩を回しながら彼が言った。


 実際問題、これは法が定めていることだ。


 死刑執行人は死刑執行人の組合員としか結婚ができない。自由恋愛をしたければ家を捨てるしかない――まあ、ためらう人間はそう多くないが。


「それ、なんか言われません?」


「彼女にって意味なら言いようがない。国際法上決まったことだ、この国のお偉方だろうがどうにもならん。そもそも、この国勇者がいること以外大して周りから重要視されてないしな。取り巻きって意味なら――」


 「――ま、あきらめるしかないな。」そう言いながら、完成したばかりの時計を彼女の前に持っていく。


「――どんなもんだ、君が見つけてくれた記述で完成した「秘術」、仕込んでみたんだが。」


「んー……渡しといてなんですけど、あれ、魔術じゃないですよ?なんかでたらめな記号的なあれです。一応、同じ文明の代物だしと思って渡しましたけど……役に立つんですか?」


 目の前の時計を一瞥した彼女は興味なさげに自分の作業――何かしらの論文に戻った。


「適当なやつだな……人の研究個室使っといて。」


「こっちの方が設備いいんだから仕方ないでしょう?」


「君が持ち込んでんだろその椅子と机……通るとき若干邪魔なんだよそれ。」


「いいじゃないですか、美少女後輩が常駐してあげてるんですから。」


「自分で言うかね。」


「先輩言ってくれます?」


「いや、言わんけど。」


「じゃあ、自分で言うしかないじゃないですか。」


 書類から視線を離さずにあっさりと言った彼女に苦笑しながら、心のどこかで、この状況に安堵しているテンプスはそっと息をついた。


『……このパターンだとこの後は……ちょっと面倒かもしれんな……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る