転生者の綻び
『……まさかテンプスに先を越されるなんて……』
白皙の美少年、サンケイ・グベルマーレは内心で顔をゆがめた。
今日、このイベントがあることを忘れていたわけではない。ただ、もう一人のヒロインであるフラルが彼を放してくれなかったのだ。
『最近どうにもアピールが激しいんだよねぇ……まあうれしいからいいんだけどさ。』
「サンケイ、昼食にしよう!」と昼になるや否や駆け込んできた赤髪の少女引きられたせいで、このイベント――『石棺を庇おうとするマギア』の発生時点でここにたどり着くことができなかったのだ。
このイベントは主人公とマギアの関係性を一気に加速させるイベントである。
この事件における黒幕に相当する人物の差し金でここに送られてきたあの棺は彼女にとってひどく大切なものだ。
それをあの上級生のモブどもが手ひどく扱う。石を投げ、暴言を吐き――中には魔術攻撃をもくろんだものもいたはずだ。
この事件の黒幕はこれを使って彼女を揺さぶり炙り出そうとするのだが彼女とてそれは理解している、故に手が出せない。
そこで登場するのが主人公だ。
彼はこの当時、ただちょっと動きの速いだけの男だ。大した能力もないが、世間の批判に負けずに生きている。
そんな男が出会って数日の女のために体を張り上級生を止める。
そこでマギアは初めて主人公への、好意の芽生えを感じることになる――
という重要イベントなのだ、逃すわけにはいかなかった、意味ありげに映っていた時計の時刻にどうにか間に合わせようと走ったが、やはり時間は無常だ。
イベント箇所に三分遅れてここにたどり着いた彼は自分がイベントを逃したことを知った。
そこには自分に力を与えるモブ、テンプスが棺の前で演説をぶっているところだった。
『くそ……高々モブの分際で……!』
そう苦々しくテンプスを睨んでいた彼だったが数秒後には彼の脳裏にはある考えが浮かんだ。天啓の様に降りてきた思考に余裕を取り戻した邪な考えだったが、悪い案だとは思わなかった、
『――待て、どうせテンプスの能力じゃあいつらの相手なんてできない、やられたところを助けに入れば――』
自分の評価を上げながら、マギアのイベントを乗っ取ることができるのでは?何せ主人公は自分なのだから。
『でもまさか、主人公不在でイベントが進むなんて――』
彼はこの世界をアニメの中だと思っている。ゆえに、イベントは自分が存在しなければまるで時間が止まっているかのように問題が起こらないと信じているのだ。
ゆえにフラルの誘いを強く断らなかった――まあ、土台、陰キャ高校生、三渓司にフラルのような陽キャの誘いを断る能力などないのだが。
とはいえ、まだ修正は効くはずだ。
自分が主人公なのだから、すべてうまく行くに決まっていると、彼は信じて疑わなかった。
その妄想が砕かれたのは少し後の話だ。
「――生前に何をしていたにせよ、していないにせよ、すでに罰が下された人間に対してこういった行いをするのは、『死者への冒涜』や『尊厳の蹂躙』じゃないのか?」
それは主人公のセリフだった。
『『死者への冒涜』や『尊厳の蹂躙』じゃないのか!?』
そう言いながら、少女のために棺を守っている少年。
これは自分がいつの日だったか見た映像の中のそれとそのまま同じだった――自分が外から見ていることも含めて。
『なんで――だってそれは俺が父さんから――』
思い返す。
いつかの日、父に聞いた仕事に対する姿勢を語るその言葉を彼は覚えていたし、何なら、それがあるから自分にしかこのイベントはこなせないと思っていたのに――
『テンプスにも言ってたのかよ。』
裏切られたような心持になった。
自分を引き立てるために自分を生んだのだと思っていた男や自分に力を与えるために存在するはずのモブが自分を裏切っているかのような――
『待て待て、まだ挽回できるはず……』
「もし!もし、これが死者への冒涜や尊厳の蹂躙なら――」
思考する間にも話は進む。
いつか聞いた言葉を違う人物が話す姿はひどく癪に障るものだったが、それでも我慢できる――だってすべては自分が最後に勝つために必要な事なのだから。
「――俺らはそれを正す側にいるんじゃないのか?率先してやってどうする?」
「――もういい、もう終わりだ、黙らせてやる。」
『――あいつ!』
のっそりと出てきた人型の狼にサンケイは見覚えがあった。
『なんであいつが――いや、当たり前か、次の章に出てくるんだし、確か三回生何だっけ?』
ロボ・グラスランナー、次の章のボスであり、のちに仲間になる硬派な武人だ。
その黒々とした毛並みは彼が『狼人族』の中でも戦闘系列に属する種族であることを示している――らしい、アニメで誰かが言ってたはずだ。
『――って違う!あいつと戦ったらテンプスじゃ死んじまう!今あいつに死なれるわけにはいかない!』
彼は慌てて隠れ場所から飛び出した。これでは最大効率にはならないだろうが、仕方がない。テンプスの死に場所は決まっているのだ。ここで再起不能になどなられるわけにはいかない。
「待ちたまえ!」
叫んで意気揚々と飛び出す――見た目ほど自信にあふれているわけではなかったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます