何故弟は事件に巻き込まれたのか?

「――わかりました、認めますよ先輩。確かに私は正規の方法でこの学園には来ていません。」


 あきらめたように彼女は両手を上げて言った――実際問題、これ以上言い訳ができる余地はなかった。


「あーあ、ちゃんと調べてからくるんでした。お兄さんの方は無能だから付き合わない方がいいっていろんな人から聞いて調べたのに……見る目、ないんですね皆さん。」


「もしくは、この学園だとこれが無能のボーダーなのかもしれんぞ。」


「怖い学校。ありえませんよ、それなら私、もうここにいないでしょう?」


 そう言って笑顔を見せる――その美しい顔が妙に恐ろしく見えるのは錯覚ではあるまい。


「ふむ、確かに。」


「でしょう?ほとんどの人はここまでたどり着きませんよ。拍手いります?」


「それは結構、で、本題をまだ聞いてないんだが――僕の弟に何をしようとしてる?」


「――生贄、って言ったら驚きます?」


 笑う彼女はひどく酷薄な顔をしているように見えた。それはまるで口を三日月に開く魔女のように威圧的で――恐ろしかった。


「――いや、まったく、そんな下らん理由じゃなかろう?」


 だから、彼が当たり前のようにそれを振り払ったことが少し信じられなかった。


「――何でそう思うんです?」


 普通、ここまで明確な不審人物がこんなことを言おうものなら、猛烈に食って掛かるかひるむか――どちらにせよ、一言で断じることはないだろう。


「弟のことぐらいある程度わかるさ。あいつの危険を感じ取る力は僕よりよっぽど上だ。君が危害を食わえるつもりなら猛反撃してるさ。それにやるつもりならもっといい生贄が大勢いるだろう。」


「……ほんとに質の悪い人……」


 あまりにも目ざとい彼にうんざりしたような声を漏らす。


「褒められてると思っておくよ――正直な話。」


 からかうような軽い調子で話していた彼の声色が途中から変わる、強い意志を感じる声に打たれたマギアはそっと何かに耐えるように身を固める。


「君が何をする気かに関しては――さっき言った通りそれほど興味はない。が、それがここにいる生徒を巻き込むのなら――」


「――なら?どうするって言うんです?『魔力不適応者』の先輩が何をすると?」


 小馬鹿にしたようなマギアは――けれど、それほど彼を見くびっているわけでもなさそうだった。瞳の裏に不安が揺れて見える。


「――どうにかする、君もご承知おきの通り、僕もただで無能をしてるわけじゃない。」


 方法はいくつか考えついた、一番簡単なのはこの書類の不正を学生課に持っていくことだ。


 自分の言う事を信じることはないだろうが、調査をしないわけにもいくまい、そうなれば不正がばれるのは時間の問題だろう。根本的にこの偽装はばれないことが前提の偽装だ。


「……っ!」


 剣呑な雰囲気が高まり、肌が泡立つようだった。


 びりびりと震える空気の中で、先に口を開いたのは――マギアの方だった。


「……ごめんなさい、別にあなたの弟さんに不利益をもたらすつもりはないんです。」


 そう言って沈痛な表情で頭をさげる彼女は、本心から謝っているようにテンプスには見えた――正直かなり予想外の展開だった。


「でも、私にも――」


 面食らっているテンプスを知ってか知らずか言葉を続けた彼女は一瞬ためらうように言葉を切って――


「――かなえたい願いがあるんです。そのために彼の協力が必要だったんです。」


 ――しかし、吐き出すように続けた。


 それはうそつきに特有のパターン、例えば視線が泳いだり瞬きが増えたりするような身体反応は見えない。

 本心の発露の様に、テンプスには見えた。


「……」


「彼を巻き込んだのは――彼と私の共通する部分がこの計画に必要だったからです、もちろん、最新の注意をはらって、危険なことはさせないようにしています。」


 「……時々、予想もしなかったこともしますけど」と唇を尖らせる彼女は兄も悩んでいる弟の突拍子もない行動にやられたことがあるらしい。


「――信じてくださいとは言えません、でも、あなたの弟さんに傷をつけたり、生きにくくなったりすることのないように細心の注意を払っています。どうか――」


 そう言って椅子から立って頭を下げる。


「……」


「……」


 重い沈黙が下りる――まるで、世界の重量がこの一室にかき集められているように重く、苦い沈黙だった。

 正直に――正直に言ってテンプスはどうしていいのかわからなくなり始めていた。


 彼はてっきり弟が何かしらに騙されてこの少女の悪事にでも加担しているのだと思っていた。だから暗殺者なんて物騒な連中に狙われたのだろうと。


 が、話してみれば彼女はこの学校のたいていの連中よりも実直に見える。これは彼の知らないパターンだ。


 数瞬悩む。目を閉じて幾らか質の悪いパターンに陥った時に対処できるかどうか考えて――


「……分かった。そこまで言うなら好きにすればいい。」


 ――許可を出した。


 彼女の実直な姿勢に打たれた部分もあったし、弟の判断を尊重もしたかった。それゆえの決断だった。


「!」


「ただし、もしも君が弟に無理強いをしているのであれば――どうなっても知らんぞ。」


「――はい。すいませんでした。」


「いいさ。別に大人ってわけでもないが――おんぶにだっこって年でもないだろ、責任は、うん、まあ、取れる範囲で取ってやるから。」


「ありがとうございます。」


「ん、それじゃあ、こっちの要件は終わりだ、呼び出して悪かったね。」


「あ、はい……」


 そういったものの彼女は出ていこうとしなかった。


「なんだよ、書類なら学生課だぞ。僕は持ってない。」


「あ、いえ……その……」


「?」


 口ごもった彼女に怪訝な目を向けた彼に少女は少し恥ずかしそうに


「……ちょっと彼がうらやましいです、私は心配されることないので。」


 そう告げた。


 それをどう受け取ったにせよ、次のテンプスの返答は。


「……あいつがどう思ってるかは知らんよ、さ、行きなさい――気を付けてな。」 


 こんな味気のない物だった。


「はい――ありがとうございます。」


 背中にかけられた言葉に、テンプスははたと思い出したように彼女の背に声をかけた。


「――そういえば、秘術の論文、今あるけど読む?」


「――はい!」


 先ほどまでの重い空気が嘘のように食いついて来たマギアを見ながらテンプスはそっと思う――


『――なんかほおっておけん娘だな……』と。

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