ある男の悦楽あるいは転生者の思惑

『――よっし、イベントは正確に進行してる。』


 夕食の席、親しげに話す叔母と少女を見つめながら、彼――サンケイ・グベルマーレはほくそ笑んだ。


『最強チームは作れたし、メインヒロインも手に入る……悪くない滑りだしだ。』


 一週間前に始まったで今のところ臨時加入している少女の美しさに唇をゆがめた彼は過去を思い出す。


『正直、この体になった時は終わりかと思ったけど。』


 そう考えながら苦笑する、サンケイ――三渓司さんけいつかさは自分の願いが叶いつつあることに安堵していた。





 Nightfallというアニメ作品は三渓司のいた次元において一時にかなり人気になった作品だ。


 そのダークな世界観と熱い物語は人々を魅了し、メディアミックスも相当盛んにおこなわれた。


 熱心なファンは考察サイトだの時系列まとめだのを作って結構な騒ぎになった。


 彼――三渓司も例にもれずそういったマニアの端くれであった。


 夜中、ふと付けたテレビでこの作品を見てはまった彼は、高校生だったゆえに余った時間を生かしてアニメを見漁って全二百話近くある作品を走破した。流石にメディアミックスまで追っている余裕はなかったがそれでもアニメはすべて制覇したし。時系列や重要なイベントはすべて頭に入っている。


 この作品の知識ならだれにも負けない!と自負しているわけではないが、それなりのマニアである自覚はあった。


『そんな世界に転生できるとは……まあ、主人公じゃないけど。』


 これより少し前、それぞれが別の形で命を落とした三渓は、に導かれてこの世界に転生した。


 それが本当に神だったのかあるいは何か邪悪なものだったのか、どちらかはわからなかったが、どちらにしても現代での生活に不満のある彼はその申し出を一も二もなく受けた。


 いや、が受け入れた。


 そう、転生した人間は複数いたのだ。全部で何人いたのか三渓はよくわかって良かったがそれでも複数居たのは間違いない。


 そんな彼らにこの世界の神らしきお存在が語ったところによると、この世界には主人公である『ヴァリー・ファスト』がと言う。


 これには心底驚いた、あの神速の男がこの世にはいないというのだ。


 メインヒロインや数多の人間と絆を紡ぎ、この世界を人知れず救ったあの男が。


 ゆえに、彼ら『救世主の資質のある人間』を集め、異世界に送り出すことでその世界を救うと言うのだ。


 彼らはこの話に半信半疑な部分があったとはいえ少なからず興奮した。何せ世界を救う勇者として異世界に行ってくれと言われる経験など常人にはない。


 バラ色の世界を夢に見て彼らはこの世界に『』した。そう、『』だ。


 そう、彼らは赤子からスタートしたのだ、それも、かなりバラバラなキャラクターとして。


 そして三渓が引き当てたキャラクターが『サンケイ・グベルマーレ』――俗にいう悪役だった。


 ライバルキャラ的ポジションの存在で主人公ヴァリー・ファストと戦い、以降、彼をつけ狙うタイプの悪人だ。


 が、一度主要キャラになった後の扱いと言えば 散々な物であり。

 かませ犬にされたかと思えば、ギャグ要員のように扱われ、変な踊りまで踊り、最後には兄を犠牲に力を手に入れて盛大にやらかした挙句死ぬ始末。


 その兄こそがテンプス・グベルマーレ。


 我らが非才にして、心優しきモブだ。


 弟のためにできる事を探していた兄の魂を犠牲に彼は天下無双の力を手に入れて――結局負ける。


 そんなキャラに転生したと理解した時、彼はひどく落ち込んだが、そんな彼を励ましたのはほかでもない父とテンプスであった。


「何を怖がっているのかは知らないし、何で嘆いてるのかもわからん、だが、もし何か助けが必要なら言いなさい。」


 そう言ってくれた父は、自分を苦しめるだけの害悪ではなかったのだと初めて理解したし。


「もし君が『何か』を恐れてるなら僕が何とかするよ。」


 と言ってくれた兄は自分のためにいるモブなのだと再確認した。


 二人のおかげで彼は自信を取り戻した――それが他人から見て素晴らしいものだったかどうかはわからないが。


 そうして彼は自分の使命である『世界を救う』ために、行動を始めた。


 根本的にこの作品は主人公が学園生活の中で己を磨き、学友たちとの絆を深め、パーティを組んで様々な事件と戦いに挑み、成長していくという王道学園ファンタジーだ。


 スピンオフのゲーム作品なんかではどうなのかいまいちわからないが、少なくとも彼が知っている限りはそうなっている。


 ゆえに彼は最高のパーティを集めるため、幼少期から訓練を始めた。


 幸いにも自分には与えられた転生特典なる力があり、アニメ本編よりも強くなれているらしい、実際、魔術が全属性使えるのはそのおかげだ。


 剣を教えられれば水を垂らしたスポンジのように吸収できるこの体はそれほど苦も無く強くなることができた。

 一応兄の面目を断たせるために今でも手を抜いているが、すでに一つ上の兄は越えただろう。


 そんなわけで鳴り物入りでこの学園に来た彼はアニメ主人公のルートをなぞるように仲間達を整え、絆を紡いだ――前世の知識によって。


 最強のチームでモブに無双するのはただひたすらに快感だった。


 そうして実績を積み上げた結果、目の前の少女――本作メインヒロインのマギア・カレンダも本編の通り仲間になっている。


 その過程で少々兄の生活は劣悪になってしまったが……まあ、仕方がない事だろう。モブの人生は気にすることではないと彼は考えていた。


『このままいけば『赤の制約』は手に入る、これがあれば序盤から高効率のレベル上げと技能が得られるはず――』


 少々犠牲を払う必要はあるだろうが彼の前途は洋々だった。








『にしてもおかしいな、確か今日は「動きに気づいた黒幕が刺客を差し向けてくる日」じゃなかったっけ?あれ、来週だっけ?何日かずれてる?』


 ――彼はまだ知らない、彼が軽視したモブテンプスの行動によって彼の計画が破綻しかけていることを。


 そして転生者たちは知らない――ここが別にアニメやゲームになったNightfallの世界事を。

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