負け通しの昼。
「――イヤァア――!」
裂帛の気合が空を切り、大上段から降りぬかれた斬撃をテンプスは半身になって躱した。
振りぬかれた剣が地面にぶつかって跳ね返されるのを視界の端で見つめ、そのままの姿勢で放った横蹴りは槍のように突き抜けた。
「ぐぎぃ……!がぁ!」
腹を抑えてたたらを踏んだ男へ追撃せんと一歩軽快なステップで踏み込んだテンプスに向かって突然息を吹き返したよう動き出した男子生徒は足を切り払うような素早い斬撃を繰り出した。
『宵越しの槍』と呼ばれる奇襲剣術の一種だった、ふらついたように見せかけて不規則な歩調で相手のリズムを乱し、足を切り払う剣技。
素晴らしい技だ、タイミングもこれ以上ない、これに反応できるものはほとんどいないだろう。
――が、それはすでに見たことのあるパターンだ。
テンプスは特に慌てるでもなく、予想していた通りに体を動かす。
あらかじめ正眼の構えから下段に構え直していた剣先を少し、相手の剣の側に動かす。
恐ろしい速度でもって空気を切り裂きながら激流の様に流れた剣身は、彼が下段に構えた鋼に阻まれ、けたたましい金属音を響かせてその動きを止めた。
相手の顔が驚愕に固まる。読まれていると思わなかったのだろう、さらに踏み込んでごく至近距離まで近寄りながら、相手の足に沿わせた剣をすっと引き、足に一撃を食わえる。
ほとんど相手が自分にしようとしていた動きの焼き直しだ、距離が詰まりすぎていることぐらいだろう――まあ、これからする動きにはこの近さでいいのだが。
肩の位置まで腕を引いたテンプスは手の内でくるりと柄を回し、相手の方に柄頭を向けた。
痛みに呻く男子生徒の頭にめがけて痛烈な突きを柄頭でおみました時、男子生徒はもう限界だった。足と頭を押さえて床に崩れ落ちた彼をテンプスは悠然と見ていた。
「……勝者、テンプス・グベルマーレ」
胸中の不愉快さを隠そうともしない顔でそう宣言した教師は「倒れた奴を保健室に運べ」と告げて周囲の生徒を動かした。
昼いちばんで行われている対人剣術実習はテンプスが点を取りえる数少ない実技系講義だった。
『問題はここからだな……』
こちらをにやにやと見つめる不躾な視線に彼は辟易とした嘆息を漏らした。
サンケイ・グベルマーレは兄に剣技で勝ったことがない。
この一見ありえそうもない事実を知っている者はこの学校には多くない。
それは誰も語らないからであると同時に、同級生にとってそれはありえない状況だったからだ。
何せ彼の弟の武勇伝は枚挙いとまがない。
やれ、三年生三人に襲われて無傷でののしてしまっただの。
やれ、入試の席で試験担当の教官をしばき倒して急遽後の入試担当教官が変わっただの。
そういった逸話の中の人物と自分達の同級生にして、「弟に才能のすべてを吸われた」などと言われることの多い兄では彼我の実力差は歴然だからだ。
それでも弟に聞けばそれは事実だと弟はこたえるだろう。自分の白兵戦技術はすべて兄から習ったものだと。
であるならばこそ沸いてくる疑問――いったいなぜ、彼は同級生からこうも
その答えが分かるのはそう遠い話ではなかった。
「あぁぁ!」
叫び、がむしゃらに斧が振られた。恐ろしいほどの風圧がテンプスの顔を撫でた。
一歩、相手の側面に前進した彼のすぐ真横を戦斧が駆け抜けた――その時にはもう、彼は相手の腕の半径の内側にいる、このまま振りぬけば相手の体を切り抜ける――
『さて、これでおわ――!』
瞬間、背筋に上る悪寒が奇襲を彼に伝えた。
体の動きが止まる――麻痺の魔法だ!
「へっ……『魔力不適応者』が……」
ばかにしたように吐き捨てる対戦相手をしり目に、テンプスは動かない体をどうにか動かせないかとあがいていた――今のところ、成功する兆しは見えない。
どうやら機をうかがっていたらしい伏兵――先ほど自分が倒した生徒だ――が放ったらしい麻痺の呪文は通常では考えられないほど強固にテンプスの体を犯していた。
言い訳を許されるなら彼とてこの手の行動に警戒していなかったわけではない。十分警戒していたし、対処するために身構えてもいた――只かわしきれないほど広域に放たれただけだ。
ごく微弱な魔力でテンプスにしか効かないぐらいのひどく弱いまひの呪いを掛ける――こればっかりは彼にもどうしようもなかった。
隠れて魔術攻撃を行ってくるものならいた。
教員とグルになって行うものもいたが――まさか舞台の外とは。
よっぽど自分のことが腹に据えかねていたらしいと彼は胸中であきらめたように笑った。
『魔力不適応者』これが彼の欠点だった。
通常人間の体には魔力がある――が、ごくまれにその魔力に対してまったく適応性のない人間が現れるのだ。
魔力が強く反応し魔術が誘因され、魔術を放てば自分の魔術で体を傷つける惰弱な存在。
それがテンプスだった。
「手間取らせてんじゃねぇよ!」
鼻梁に痛烈な一撃を受けたテンプスはそのまま地面に倒れ伏した。体はいまだに動かない。
「弟が強いからっていい気になりやがって!」
言いざま、彼に振ってきたのは足だった。腹部を踏み潰すような一撃は腹部に強い衝撃を与え、意識を明滅させる。
「生き恥曝してんだ、死に恥も曝せや!」
そう言いながら振り降ろされた斧の一撃で彼の意識は途絶えた。
次に彼が目を覚ました時、彼は訓練所の片隅に打ち捨てられるように放り出されていた。
『……教員として、最低限の仕事はしてほしいもんだがな……』
思いながらゆっくりと体を起こす。幸いにもどこも折れていないらしい。斧で一撃殴りつけられたことを考えれば――まあ、悪くない怪我だろう。
訓練場全体にかかっている
『それにしても……あー……また実技点もらえんなこれ……』
がっくりと首を倒す、いつものことながら――
『至らんなぁ……』
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