第7話 飛田

 ヨシワラで瞬間恋愛に至らず、不発に終わったわたしは、本番行為に苦手意識が根付いた。ファッションヘルスとかライトな方が気楽に思われた。そんなとき、大阪南部のトビタシンチという売春宿エリアが凄いという噂を耳にした。何が凄いのか?昔ながらの木造の店構えのなかに嬢たちが佇み、それを通りから直接眺めて品定めするというのである。まるで時代劇の映画のシーンような情景が拡がっているらしい。


 社会勉強の対象として好奇心を抑えられず、フィールドワークに参上した。大阪の通天閣という時代錯誤な場末の通りを抜け、怪しげな商店街を南下していくと、やがて古い家屋の立ち並ぶ独特な雰囲気の一角に出た。そこは一面100年前の大正時代の街並みなのである。さらに異様なのは、その一軒一軒の軒先にオバアが座り、その奥に嬢がちょこんと座っているのである。おずおずと店をのぞき、嬢と目が合うとにこっと笑う。あるいは無表情の不貞腐れた嬢もいる。年齢はざっと20代前半の嬢たち。ドキッとするくらいかわいい娘もいる。それこそ、瞬間恋愛で矢で射抜かれたような衝撃が走る。初心者のわたしは、店に入る勇気もなく、ただ通りを歩いていく。そんな店両サイドに数十軒続き、それぞれにオバアと嬢が配置されている。そのような通りがいくつかあり、後学で知ったが、通りには”青春通り”、”妖怪通り”、”年金通り”等嬢たちの年齢層によって呼び分けられているらしい。わたしが見た限りは、皆若く、そこそこに綺麗であった。


 ヨシワラのように写真で指名するならば、いくらでも吟味できるが、生の嬢を直接選ぶのは、なかなかに難しい。皆かわいいので選べないのである。かといって通りを何度もいったり来たりするのもカッコ悪い。時間が過ぎていき焦ってくる。わたしは、意を決して一人の嬢を選んだ。伏し目がちで、おとなしめ、色白の嬢である。


 二階に案内されるとそこは昔の旅館のような、あるいは木造アパートのような佇まい。襖と畳、8畳くらいの部屋に白い布団が敷かれている。ちゃぶ台でお茶をいただく。売春ではなく、お茶屋における個人的な自由恋愛という建前なので、お茶菓子は必須なのだ。壁のメニュ表を見ながら、どれにしますと嬢に尋ねられる。一番お手頃な15分 \15,000-を嬢に告げる。


 時間の余裕がない。シャワーもないままに部屋で即、服を脱ぐ。嬢はゴムの上から口に含み、わたしが大きくなると、中に入れることを促した。畳の間での行為は、いつぶりだろう?かつて恋人を自分のアパートに招いたとき、あるいは温泉旅館でのお泊り旅行などをふと思い出した。襖と畳の間という生活感のある情景が、現実世界の彼女を抱いているかのような気にさせる。トビタシンチは遠い昔を偲ばせる瞬間恋愛の舞台であった。

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