第2話
幼い子が
「あれがペルセウス」
星を指さす。正しくはアンタレスである。
「ふーん……」
庭先のブランコに揺られながら、那由他は生返事をする。その手には小型の携帯ゲーム機があった。
パズルゲームをしている。ブロックが画面の上部から落ちてきて、右矢印と左矢印で場所を移動させる。丸いボタンを押すとブロックが回転する。ブロックを横一列に並べるとその一列が消滅する。
篠原家は毎年、盆と正月は父方の田舎へ帰省していた。親戚一同が順番に泊まって、先祖に挨拶する。子どもたちにとっては、もっとも懐が潤う時期だ。
父親に見つかると没収されてしまうので、知恵をしぼって、ポケットに入るサイズのものを購入した。音も出ないようにしている。
「あっちがフォーマルハウト」
幸雄は別の星へとターゲットを変更する。正しくはアルタイルである。
「ほう」
星が見たい、と言い出したのは兄の那由他のほうだ。まだ未着手な夏休みの『自由研究』のネタにしよう、といった魂胆がある。
弟の幸雄は、普段全く空を見上げちゃくれない兄が星に興味を示してくれたことが嬉しくて仕方ない。意気揚々と庭先に出て、あれこれと説明をしている。
どれも間違っているのだが、この際正しいか間違っているかなんてさしたる問題ではない。
夏休みに、兄と二人で夜空の下にいること。――篠原兄弟のこの後の人生にとって、この時間こそが何よりも大事なものだった。大切にすべきだった。
「にいちゃん、聞いてる?」
「ああ、うん」
時間経過とともに、ブロックの落下してくるスピードが上がっていく。一度でも意図しないところへと落としてしまえば、そのミスが命取りになりかねない。一個のズレで、一列が消せなくなる。
「おれも星になりたいな」
「ん? ああ」
「人は、死んだら星になるんだって。すんごいことをした人の星はきれいに輝いて、人にされたら嫌なことをしたり、だましたり、殴ったり、みたいな、悪いことをした人の星はくすんで見える」
だとしたら、この世界は悪人だらけじゃないか。この夜空には、明るい一等星より暗い三等星のほうが多い。
「へえ……」
ブロックが画面上部まで積み上がってしまった。ゲームオーバーになって、ようやく那由他は幸雄と同じ空を見る。星は届かない場所にあって、そのどれもが、元々どんな人間出会ったかを知り得る手段はない。
「本当にそうなのかは死んでみないとわからないけど、ゲームとちゃうからなあ」
那由他のつぶやきに、幸雄は「そうだね」と同意した。誰かが答えを教えてくれるわけでもない。今は『わからない』が答えだった。
*
この記録は、幸雄が小学校の五年生、那由他は六年生の夏休みの話だ。
事件は夏休み明けに起こる。
月だ。
月がやってきた。
その月は、星よりも大きく、心を狂わせてしまった。
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