トロワゼトワル

秋乃晃

第1話

 男が二人いた。二人は同じ両親から生まれた兄弟で、二人とも、我が国では珍しいだ。染めているのではなく、色が抜けてしまったのでもなく、生まれつきのものである。一年先に生まれたのが兄の那由他なゆた。一年後に生まれたのが弟の幸雄さちおだ。兄の名前は母親が決めて、弟の名前は父親が決めた。



 切れ長の目に、鼻筋が通って頬骨の高い、――人によって好みはあるだろうが、十人にこの男の写真を見せたら九人は「イケメン」と判定するであろう端正な顔立ちに、一度見たら誰もが振り返るドレッドヘアを組み合わせた頭部の那由他は、プロゲーマーで、とある〝事件〟ののうちの一人だ。その〝事件〟が発生したのは一年以上前になるが、取材のたびに『当時の話』が話題に上がる。受け答えも慣れたものだ。


 今日はドレスシャツに濃紺のジャケットとスラックスというおもてに出ても恥ずかしくないようなフォーマルな衣装で、カフェにいる。向かい合っている茶髪で小太りの男性は、とあるネットニュースサイトのライターだ。ボイスレコーダーをテーブルの上に置き、ノート型パソコンでメモを取っている。


 那由他が〝事件〟でめげずにプロゲーマーを続けていたならば、移籍先のチームのユニフォームを着用していただろう。当時のチームメンバーでプロゲーマーを続けている選手はいる。


「オレは『選手第一』のチームを作りたいんですよ。金儲けのためじゃなくてね」


 那由他はプロeスポーツチームを立ち上げようとしていた。自身がチームのオーナーとなり、選手目線で、選手のためにチームを運営していく。チーム名はすでに決まっている。MARSだ。


「あのクソ――失礼。あのオーナーのようにはなりません。コレ、でっかく書いといてくださいね。選手あってのチームですから、優勝賞金は選手たちで山分けとします。選手をサポートしてくれているスタッフたちには、オレから出します」


 国内大会を優勝し、世界大会で八位。その賞金の全額をチームのオーナーが持ち逃げした。現地にすら行かなかった男が、だ。ありとあらゆる手段で連絡を取ろうとしたが、全て無視。知り合いの知り合いから辿っていき、実家を特定したがもぬけの殻。何もかもが徒労で、チームは解散となった。


「オレのチームに入ってくれる選手を募集します。親御さんからは『プロゲーマー?』って笑われるかもですが、必要ならオレが説得しに行きます」


 おお、とインタビュアーが興味を示したところで、那由他のスマートフォンの着信音が鳴った。インタビュアーを制してスマートフォンの画面を見る。


「ああ、すいません。ちょっと」


 母親からだった。メッセージのやりとりはしているが、電話は滅多にかけてこない。嫌な予感がする。とはいえ、出ないのも体裁が悪い。滅多に電話をしない人が電話をかけてくるのは、今すぐにでも返事が欲しいときぐらいなものだ。


「電話なんで、席外しますね」


 インタビュアーがこくりと頷いた。那由他は席を立ち、カフェの外に出てから緑色のボタンをスワイプする。


「もしもし」

『今どこにいるの?』


 冷静さのカケラもない、怒りが含まれた語調だ。やはり、すぐに電話に出てほしかったようだ。


「仕事で」

「……」

『急いで家にいらっしゃい!』


 かかってきた電話は向こうから切れた。事実が、ポッカリと浮かぶ。言い返す時間は与えられなかった。

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