繋ぎ人 〜第三警察物語〜

箱庭師

第0話 プロローグ「ナーバス・ポリス——第三警察」

 警察には、三種類存在する——。


 第一は、「官房警察」。

 すなわち、ジェネラルズ・ポリス。


 警察庁を筆頭に、各都道府県警察の幹部、いわゆるキャリアが活躍する、権力の中枢。

 エリートたちの、象牙の塔。


 ——そう、華麗なる警察


 警察庁の若き警視が、右も左も分からないくせに、未解決事件に顔を突っ込み、所轄のベテラン刑事と丁々発止。


 ——この事件は、これより本庁が引き取ります

 ——おい、お前ら聞いたか? このボンボンがこれからヤマを追うってよ

 ——私の方が階級が上です。所轄の刑事ごときが出る幕ではありません

 ——こんな小僧が相手じゃ、ホシも張り合いがないよなぁ……


 で、なんだかんだあって、事件は解決。


 ——小僧……、いや、警視さん。アンタもなかなかやるじゃないか。その、なんだ。色々悪かったな

 ——そんな! 俺の方こそ生意気を言って……

 ——まあいい。これからは、お前さんたち若い者の時代だ。後は頼んだぜ……


 で、去り行くヨレヨレのトレンチコート、その背に深々と頭を下げる、若き警視……


 どっちもかっこいい、アレである。



 第二に、「現場警察」。

 すなわち、オンサイト・ポリス。


 警察署や交番での拾得物の受け付け、あるいは、捜査に奔走する刑事、要人の警護、交通の取締り、少年の補導、ちびっこ防犯教室……。

 お巡りさんたちの、最前線。


 ——そう、熱き警察


 例えば、刑事なら——

 拳銃を振りかざし、相棒とともに難事件を追う。

 ついに凶悪犯を、埠頭の倉庫に追い詰めた。

 しかし、それは罠だったのだ。

 逆に、犯人たちに囲まれてしまう、コンビ。

 そして、二人はコンテナの影で、乾坤一擲、打って出ることを決意する。

 見つめあって、最期の言葉を交わす。


 ——あと、つまらん話だが、俺の背中は、お前に任せている

 ——馬鹿野郎、何を今更……


 で、バンバン、バンバンして、事件は解決。


 例えば、公安警察なら——

 公安のスペシャリスト、その彼は、ある時、国家がひた隠しに隠す秘密に辿り着く。

 それは、ある大物政治家のスキャンダルであった。

 なんだかんだあって、彼は、立ち上がる。

 卑怯者の政治家は、さる外国の諜報員を雇って、密かに彼を消そうとする。

 もちろん、その政治家に輪をかけて卑怯者の諜報員は、彼の病身の妹を人質にとる。


 ——滑稽だな。そんなに妹が大事か

 ——外道に人の道は分からんだろうさ

 ——いいだろう!


 で、取っ組み合い、相打ちになる男たち。

 事件は、闇から闇へ。


 とっても、かっこいい定番の警察物語たち。

 そう、アレである。



 そして、第三に、「神経警察」。

 すなわち、ナーバス・ポリス。


 その担い手、警察情報通信——。

 略して、情通。

 別名、繋ぎ人。


 情通とは何か?

 それは、異色の警察。

 組織は、技官がその大半を占め、警察官はほんの一握り。

 逮捕権もなく、ただの一般職員。

 その存在をほとんど知られていない、影のとっても薄い警察……。


 いや、悲観は禁物である。

 情通は仮にも警察を名乗っている。きっと刑事たちのようにかっこいい、アレがあるはずなのだ。

 では、その横顔とは?


 低予算で、

 慢性的な人手不足、

 必要な時以外は口を開かない。


 金なし、人なし、会話なし。


 ……悲観してはならない。

 このご時世、どこも似たり寄ったりである。そんな組織は世の中にゴロゴロと転がっている。何も情通に限ったことではあるまい。

 仮にも公務員なんだから、きっと給料がいいはず。

 では、その待遇とは?


 警察最低水準の給料で、

 地味な作業着。

 休日にうっかり出勤するお人好し。


 安月給、ダサい身なりで、休みなし。


 念を押すが、悲観は禁物である。

 やはり結局、仕事にかける心意気なのである。そうこれが最も重要である。

 では、その仕事ぶりとは?


 いざ喋ると口下手で、

 功績はそっと、

 仕舞い込み、

 下手を打ったら、

 隅っこで、

 膝を抱えて、

 指先で、

 壁に向かって、絵を描きます。


 喋れません。

 想いはそっと胸に秘め、ついて行きますあなたのそばで。

 わたしは昭和のイイ女。


 ……。


 しかし、演歌の一節を彷彿とさせる、地味な情通だが、その仕事は、実のところ、警察のすべての現場を支えている。

 

「警察官が現場で、「警察官」でいられるのは何故か?」


 そりゃ、公務員の資格があって、逮捕権を持っているからでしょ。

 と、そんな単純な話ではない。

 実は、この命題を紐解くと、情通の存在意義に、その答えに辿り着く。

 さて、何故だろうか?


 それは、警察官が警察手帳を持っているからである。

 違う。


 そんな身分証に警察の魂は宿らない。警察手帳を拾ったちびっこが、警察官に変身した話は聞いたことがない。


 それは、警察官が拳銃を持っているからである。

 違う。


 ただの道具に警察の魂は宿らない。拳銃を携帯していなくても警察官は警察官である。


 それは、警察官が制服を着ているからである。

 違う。


 ただの制服に警察の魂は宿らない。一日警察署長は警察官ではない。


 再びの問い。

「警察官が現場で、「警察官」でいられるのは何故か?」

 それは、警察官同士が、「情報」によって繋がっているからである。


 警察官が職務を執行するためには、膨大な「情報」、たとえば犯歴、110番通報、不審者情報などが必要となる。彼らは、それらを警察官から警察官へ、次から次へと共有し、操り、時にはマンパワーを投入して事案と対峙しているのである。


 そして、情通が、警察官の使う「情報」を、無線、映像、各種のシステムを整備して、彼らに届けているのである。


 仮に、その情報が途絶えると、

「線」が切れるとどうなるのか……。


 警察官は、現場で孤立し、ただ水面を漂う、無力な人となるであろう。

 警察官が、現場で「警察官」でいられるのは、情通がその神経を担い、活動を支えているからなのだ。


 これは、警察情通職員の、

 団結よりも孤独を、

 華やかよりも渋く、

 スマイルよりもニヒルな、

 そんな、ハンダゴテを持つ技官たち、

 つまり「繋ぎ人」たちが、首都直下地震に見舞われた東京で、大災害に挑んだ、


 そんな第三警察物語……。

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