2-5


 時間は有限。

 私はそんな中、呼吸を整えると全神経を集中していく。

 おもむろに魔法陣射影用の魔法具の羽ペンを構えると、空中に向かって魔法陣を射影し始める。

 同時に、手にしたままだった魔法陣射影綴りが空中に浮かび、私の魔法陣におうするように青白く光った。

 続いて置いていた紙が浮き上がり、空中に浮かぶ魔法陣の前に並ぶ。

 呼吸すら忘れて、作業を続ける。

 緊迫した状況だけれども、魔法陣を描くことは楽しい。しかも今からこの魔法陣を発動させるのだと思うと、心の中でワクワクしてくる。


ほうじんしゃえいかんりょう、転用魔法陣射影開始、同時に転写開始!」


 青白い魔法陣の線が空中に広がり、きょだいな花がくかのように広がっていく。

 強い風が吹き始めるが、私はかまわず、魔法陣を描き続ける。


「魔法陣射影転写! 転写時誤記しょ修復!」


 インクが切れる瞬間、私は描き切った。


「射影かんりょう!」


 次の瞬間、魔法陣が光り輝く。それは美しいけれども、ただ美しいだけのものではない。

 輝きを放つそれを見つめ、私はこうようかんに包まれる。

 私は魔法陣に向かって、自らの体の中に流れる魔力をそそぎ込む。

 体が青白い光に包まれ、糸が広がるように、魔法陣へと魔力が流れ込んでいく。

 その光景に皆が息を吞んだ。


うそだろう、なんだ……あの魔力」

「初めて見た」

「魔力って……あんなの……ありえない」


 私は真っすぐに魔法陣を見つめて言った。


「発動!」


 その瞬間、私の体をオスカー様が守るように抱きかかえるのが分かった。

 緊迫した瞬間だというのに、私は自分の体が突然がっしりとした男性の腕の中にあることに衝撃を受けた。

 先の魔法陣が広がり、とっぷうを呼び、巨大なばくはつを引き起こす中、一カ所に集められた騎士団とロドリゴ様だけは、私が生み出した魔法陣によって張られた結界でかんいっぱつ爆発から守られる。

 すさまじいほのおふんじんが激しく結界にたたきつけ、数名がしりもちをつく。

 ロドリゴ様は転げ、悲鳴をあげた。

 私が展開した魔法陣はそれだけではない。

 てんじょうや壁が吹き飛ばないように、私は魔法陣を取り囲むように防壁としての魔法陣も発動させている。そのため、遺跡が崩れ落ちることもなく、がいはある程度おさえられたはずだ。

 ただし、私は急ぐあまりに自分自身はあんぜんけん内から少し出ていた。オスカー様がいなければ吹き飛ばされていただろう。

 逞しいオスカー様の胸にぎゅっと顔を現在押し当てている状況であり、動けなかった。

 というか、動けばさらにオスカー様のきたえ上げられた胸に顔をめる形になり、変態だと思われかねない。

 ただ、なんというか……すこぶる心地はよい。


「な、なななななななんだ一体! 何が起こったのだ!」


 ロドリゴ様は体を起こすと声をらしてがなり立てる。他の騎士達も立ち上がりながら、一体何が起こったのかと分からない様子である。

 爆発の炎は、私のけた魔法陣に吸い込まれ、最後にボフンと音を立てて消えた。

 その場に残ったのは粉々にくだけ散った謎の魔法陣のこんせきと、巻き上がるすなぼこりだけである。


「なんだ! 安全じゃないじゃないか! 危険だ! 俺をこんなところに連れてくるなんて、どういうことだ!」


 叫ぶロドリゴ様の大声に、気の抜けた私は小さく息をつく。


「無事でよかった……」


 下手をすればぜんめつであっただろう。安易に仕事に臨んだなと少しだけ反省をする。

 もっとちゃんともしもの時をかんがみ、緊急事態に備え用心すべきだった。

 色々とかえりみる中で、すこぶる居心地のよいオスカー様に抱き込まれる機会はこの先二度とないだろうから、もう少しだけゆっくりさせてほしいと願ったことは、墓場まで持っていく秘密にした。


「メリル嬢、大丈夫か?」


 オスカー様からかけられた言葉に、私はハッとすると顔を上げる。

 本人に少しばかりふくのひとときをたんのうしておりましたとは言えないので、表情を引きしめる。

 こちらを真っすぐにきんきょで見つめられて、私は早くはなれなければ心臓が持たないとバタバタとしてしまう。


「すすすす、すみません。私ごときがなんとそんなことを!」

「いや、大丈夫だ。動かないで」

「え?」


 腕から出ようとしたのに、そのまま私はオスカー様に抱き上げられる。

 一体全体何が起きたのだろうかとあせっていると、オスカー様が周りに声をかける。


「状況をあくする! しょうしゃはいないか!」


 オスカー様の声に、あん確認ののち騎士の一人が報告を上げる。


「問題ありません! こちら損害はけいです」

「俺はをしたぞ! 転んだ! ふざけるな! こんな危険だと分かっていたら参加しなかった!」


 そう声をあげたのはふんがいしたロドリゴ様であり、こちらに向かって肩を怒らしずんずんと歩み寄ってくるやいなや。


「メリル! お前のせいなのだろう! お前が何かをしたのだな!」


 きゅうだんに、私は言葉を返す。


「私が何もしなければ全滅でした。それでも何もするなと?」


 ロドリゴ様はくちびるを噛んで声をさらに荒らげる。


「はっ! とんだペテンだな。お前が妙な魔法陣を爆発させたのだろう!」


 言いがかりをつけるロドリゴ様が少し落ち着いたタイミングで、オスカー様が冷ややかな声を発した。


「我々は、今、魔法陣射影師であるメリル嬢に助けられたところだ。それなのにもかかわらず、彼女をとうするとは、どういうりょうけんか」

「え? あ、いや、だって」


 まだ言いつのるロドリゴ様を、オスカー様が制止した。


「今、我々が無事に生きていられるのは、ここにいる魔法陣射影師の女性が危険にいち早く気づき、行動したおかげだ! 皆、彼女に感謝し、それと同時にこのようなことが街で起きないように調査を急ぐぞ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 騎士団の皆が私に対して敬礼をし、私はその様子に驚く。

 ロドリゴ様はされてだまり込み、オスカー様は腕の中の私を見ると言った。


「ありがとう。君のおかげで命拾いをした」

「い、いえ」

「だが、この一件、さらに緊急性が増した。今後も協力してほしいが……君の意志を尊重する」


 今日のことで、ただの助言者ではすまないのだということも私はしっかりとにんしきした。

 これは、命の危険性すらあるようせいなのだ。

 そしてそれを承知した上で私はうなずいた。


「調査協力します。私も気を抜いていました。もっと心して参加します」


 あっさりと私がりょうしょうしたからだろうか、オスカー様が少し驚いたような表情を浮かべる。

 この同意は決してすべてが正義感からというわけではない。正直に私はそのことについても伝える。


「危険とはいえ、魔法信者がここまでの魔法陣を描いたことは驚きました。魔法陣は正確に描くことが大変難しいものなのです。しかもどういう理由で作動したのかも気になります。出来れば私も今後の研究に生かさせてもらいたいのです!」


 つい興奮してはっきりそう告げてから、しまったと思い、口をつぐむ。

 そんな私に向かってオスカー様は言った。


「君は……分かった。ありがとう」


 私はうなずき、そろそろ下ろしてもらおうとしたのだけれど、その時ハッとする。


「オ、オオオオ、オスカー様! 怪我をしています!」

「どこだ !?   大丈夫か?  ああ、本当だ。ここにきずが出来てしまっているな。うん、すぐに一度上がって医者へせよう!」

「違います! 私ではなくてオスカー様です! 腕! 腕から血が出ています!」


 オスカー様の制服の袖が破れていた。私をかばった時に何かに当たったのかもしれない。

 私が青ざめてそう言うと、オスカー様は困ったような表情を浮かべる。


「いや、このくらいは平気だが」

「平気? いやいやいや、痛いです! てててて、手当てしましょう!」

「えっと、そう……だな。まあ君を医者へとまずは連れていかなければならないし、分かった。少し待ってくれ」

「え? はい」


 オスカー様は私を抱き上げたまま近くにいた騎士へと声をかける。


だつして医者に彼女の手当てをしてもらってくる。皆は残っている魔法陣がないか調査、発見した場合はさっきゅうに撤収するように。いいな」

「はっ! りょうかいいたしました。あの、こちら、魔法陣射影師殿のものではないかと……」


 そう言って騎士が持ってきてくれたのは、私の魔法陣射影綴りと転写しておいた今回の記録用の魔法陣である。

 私は見つかってよかったと思いそれを受け取った。


「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ命を救っていただきました! ありがとうございます!」


 そう言って騎士は敬礼をするときびすを返す。

 オスカー様は言った。


「皆が感謝している。君がいなかったら全滅だったかもしれない……」

「……気を引きしめます」

「あぁ、私もだ」


 オスカー様と抱きかかえられたままの私、数名の騎士、そしてロドリゴ様と一緒に地上へと向かう。

 私は歩けると言ったのだけれど、オスカー様に下ろしてもらえなかった。

 しかも、かつがれるのではなく抱きかかえられており、私はよいのだろうかと思った。


「あの、私、歩けます……それに、さっきは背負うとおっしゃっていたのに……」


 そう告げると、オスカー様は小さく笑って言った。


「だから他の騎士を同行させた。安全にこのまま地上へ出よう」

「は……はい」


 実際のところ、私は久しぶりに自分の魔力を使ったので少し疲れていた。それと同時に不安に思う。

 私が魔力を持っていることについて知っているのは、実はお母様だけだ。

 幼い頃にお母様が気づき、怒鳴られ叩かれて以来、私はこのことをずっと秘密にしてきた。

 生まれた我が子が、自分とは似つかない黒髪赤目で、魔力を持っている。それはお母様にとってはかなり衝撃的なことだったのだろう。

 だからこそ、私は化け物のようだとお母様にさげすまれて育った。

 ただ、最低限の教育は受けさせてもらえ、そして図書室を自由に利用できたことで私は学び、知識を得ることが出来た。

 それによって自分がものではなく、魔力があるだけの人間だと知ったのだ。

 本来ならば魔力持ちは誉れと言われ育てられると本で知った時の私の絶望感は、言葉にしようがなかった。

 そして疎まれ嫌われ続けたお母様の手前、魔力を持っていると誰かに言うことははばかられたのだ。

 魔力持ちであることを公言さえすれば、魔法使いの道も自分には開けたのかもしれない。

 ただ、私にはその勇気はなかった。

 そして私は魔法使いの道よりも、魔法陣射影師になりたいと夢を抱き、今の職に就いたのだ。

 魔法陣のようにすたれた過去のぶつが今の世の役に立つわけがないとされ、魔法陣射影師のその研究も私が就任するまでおざなりであった。

 故に、魔法陣射影師を名乗るに際し資格などは必要はなく、研究をし終えた魔法陣が発動するかどうかの確認は魔法使いの方に頼むのが慣例だった。

 私が魔力持ちだなんて、誰も思っていない。

 そして私自身も、ずっとお母様のじゅばくとらわれて隠してきたのだ。

 けれどもそれがけんしてしまった。

 オスカー様も今は何も言わないけれど、いずれ問われるだろう。

 アルベリオン王国内では大量に魔力を有する者は、ほとんどいない。

 それこそ王国の筆頭魔法使いアルデヒド様くらいのものである。

 私は、どう話すべきかと頭をなやませたのであった。

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