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 地下遺跡へといたる薄暗く、いつまでも続く階段には魔法具のあかりがつけられてはいるものの、それは照明というよりもかえってあやしい雰囲気をかもし出していた。

 今日は調査のため、魔法陣射影師として私はオスカー様達に同行し、魔法信者が描いた魔法陣を見に地下へ延々と続く階段を下りていた。

 少しこわいな、なんてことを考えながら歩いていると、横から声がかかる。


「大丈夫だ。私が君の安全は必ず守る」


 不安が表情に出ていたのであろうか。

 横で一緒に階段を下りてくれているオスカー様にそう言われ、私はちらりとそちらへ視線を向けて言った。


「は、はい。ありがとうございます」

「お礼を言われることじゃない。こちらこそ、こんな場所まで来てもらい、ありがたいのだ」


 確かに魔法陣が描かれていると、どうして気づいたのだろうと不思議に思った。

 それを尋ねると、アルベリオン王国にはいくにも国を守る魔法の仕組みがあり、その一つが反応したのだという。

 詳しくは魔法使いのみが知ることを許される領域なので教えてもらえなかったけれど、例として挙げられたのが王城を守護する魔法陣についてだった。

 この魔法陣についてはおおやけにされており、国民みなが知っている。

 はるか昔、王国の建国の際に、王城に魔法陣による守護が刻まれた。以来、年に一度建国記念の日に魔法使いが魔法陣に魔力を注いですることが習わしとなり、今に至る。

 私は国を守る仕組みが、王城の魔法陣以外にもあったのかと内心驚く。

 今回異変を感知した場所は三カ所で、確認するとそこには魔法信者が描いたと思われる魔法陣があったのだという。

 何か怪しげなしきをしていた疑いが高いと考えられている。

 階段をすでに一時間ほど下りているのだけれど、まだ着かないのだろうかと、いつも運動をしない私は大きく息をいた。

 オスカー様はくすっと笑い声を漏らすと言った。


きんきゅう事態が生じた場合、両手がふさがっていると対処に困るので抱き上げることは出来ないが背負うのは大丈夫だ。なので、つかれたらいつでも言ってくれ」


 じょうだんのつもりだろうか。

 それとも本気なのであろうか。

 私はどう答えるのが正解なのか分からずみを浮かべてあいまいな返事をした。

 オスカー様は、私に依頼している立場ということもあってか、とてもこまやかな気配りをしてくれる。

 オスカー様ほどの人であれば、美しい女性をいつでも相手に出来るだろう。それなのに、私のような見た目底辺な女にまで笑顔を向けて……しかもその笑顔があいわらいのたぐいではないと感じられるのだから困る。

 元々この人はいい人なのだろう。

 メイフィールド家のかたきなしに、男性からちゃんとした女性として優しく接してもらえることなんて、今までなかった。

 ただこれだけの人がここまで親切だといらぬおせっかいかもしれないけれど、その優しさを誤解してしまう女性も現れるのではないだろうか。

 罪な人である。

 とりとめのない思考をひろげながら永遠とも思えた階段が終わり、私達はそのまま薄暗い通路を進んでいく。

 すると、いきなり先が開けた。


「広いですね」

「ああ。こっちだ」


 声がはんきょうして響く。どこからか、すいてきの落ちる音も聞こえ、肌寒い。

 怖さが倍増したような気がして、ぶるいしながらオスカー様の案内に従うと、騎士達が明かりをともす。

 すると、暗かった空間がどのような場所なのかがはっきりと見通せた。


「わあぁ。これは!」


 ゆか一面に複雑な魔法陣が描かれており、私は思わず息をんだ。


「魔法陣……今まで、見たことのない魔法陣です……すごい」


 私はそれをぎょうしながら、ところどころに不思議な部分があることに気がついた。


「これは……」


 何かがおかしいのに、どこの配列がおかしいのかが分からない。

 私は一体どういうことだろうかと、っていたローブの内側にお手製でい付けた大きなポケットから、魔法陣射影綴りを取り出し、それをぺらぺらとめくっていく。

 裏表紙の裏には魔法についての記述をメモしたものがいくつか入れてあるので、見比べながら、魔法陣をせいしていく。

 私はじっと図形の線を目で追い、指でなぞり、そして頭の中で構成をえていく。

 魔法陣は美しく、そしてせんさいなものだ。

 一つのミスで発動しなくなったり、作用を変えてしまう。だが、目の前の魔法陣のかんはそういったたぐいのものではない。


「おいおいおい。お前、まだ時間がかかるのか? 相変わらずぐずだなぁ」


 ロドリゴ様もここまで一緒についてきており、下りてくるだけで私同様にかなり体力をしょうもうした様子である。

 疲れてイライラもしているのであろう。

 だけれど、私はそんなことはおかまいなしにロドリゴ様に言った。


「ロドリゴ様、この魔法陣はこうげきせいのあるものかもしれません。一度退たいしたほうがいいです。オスカー様!」


 近くにいたオスカー様に私がそう声をかけると、ロドリゴ様にうでつかまれる。


「お前、オスカー殿下に色目を使いだけじゃないのか?」

「は? え? 違います。危険な気配がするんです!」

「おかしくないだろう。はぁぁぁ。こんな魔法陣ただのいたずらだろう? ほら」

「ロドリゴ殿! 何をしている!」


 オスカー様はロドリゴ様を止めようと声をあげるが、ロドリゴ様は魔法陣の中に入り、足をどんどんと踏みらしてみせる。制止のために、数人の騎士達が彼に続いた。

 私はその瞬間に、わずかに魔法陣が反応したのを見た。


「ダメ……退避! 退避をお願いします!」


 私の声にオスカー様はすかさず声をあげた。


「皆! 退避だ! 急げ!」


 私の言葉をすぐに信じてそう号令し移動を指示したオスカー様に反し、ロドリゴ様はせせら笑う。


「大丈夫だろう? ハハハ!」


 バカにし続けるロドリゴ様に、私はらちが明かないと背を向けるとオスカー様に駆け寄りながら説明をする。


「オスカー様! 魔法陣が変な挙動をしています! 攻撃性のある魔法陣の恐れがあり、その場合ここがくずれかねません」

「わかった。急ぎてっしゅうするぞ!」


 騎士達が慌てて動き始めた時であった。

 床に描かれていた魔法陣とは別の魔法陣が新たに宙に浮かび上がり、青白く光り始める。

 いくつもれんするように広がっていき、青白い魔法陣が薄暗い空間に不気味に輝きだした。


「だめ……これは……間に合わない」


 まがまがしい光を見た瞬間、私はそれをさとり、嫌なあせが背中を伝っていくのを感じた。

 この場で魔法陣に詳しい人間は私一人だけで、この調査に魔法使いは同行していない。

 それもそうである。現在アルベリオン王国では数名の魔法使いがざい|籍《せきしているものの、王国を守るために多方面に活動中で、調査にすぐに同行出来る余裕などなかった。

 筆頭魔法使いアルデヒド様は有名で、もちろん達もゆうしゅうだと聞く。だが、そんな弟子の中にあってすら、魔法使いと名乗れる者はほんのひとにぎりである。

 魔法使いとはそれほどまでに貴重であり、王国を支える柱の一つなのだ。

 魔法使いを育てようとアルベリオン王国も力は入れているものの、そもそも体内に持つ魔力の量は生まれつきであり、後天的に増やせるものではない。

 魔法使いが一人でもここにいたならば、状況は違っていたのかもしれない。魔法使いがいたならば、この魔法陣の発動を一時的に止めることも出来たかもしれない。

 そう一瞬考えたけれど、すぐにそれは間違いだと気づく。

 今この場所に出現した魔法陣の数と、その魔法陣の精度は魔法使いであっても、どうにか出来るレベルのものではない。おそらくアルデヒド様くらいしか制御は不可能だろう。

 私は一分一秒もには出来ないとその場で判断すると、魔法陣射影用の紙をローブの内側のポケットから取り出した。


「オスカー様! 皆を集めてください! 退避では間に合いません!」


 せっまった私の声に、オスカー様は聞き返すことなく同意するようにうなずくと声をあげた。


「総員! 急ぎここへ集まれ!」


 オスカー様の声に皆がざわめき始めた。それはそうだろう。今現在何が起きているのか誰も分からないであろうから。

 それはある意味幸せなことだと、私はや汗をかきながら思う。


「突然どうしたのでしょうか!」

「な、何が起こった?」

「魔法陣が光っている!? 大丈夫なのか」


 それぞれがこんわくの声をあげる中、私は魔法陣を射影する紙を数枚並べ、それを前に深呼吸する。

 ざわめきを制し、オスカー様が声をあげた。


「静かに待機! 何が起こるか分からない! 体を低く、しょうげきそなえろ!」


 オスカー様の声に、きんぱくした空気が流れ、全員が体を低くして身構える。

 ロドリゴ様は騎士に押さえつけられてせさせられているようで、小さな声の文句が聞こえた。

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