2-3


 うすぐらてんが立ち並ぶ、少し不気味なふんの路地裏。

 レンガ造りのかべはびっしりとこけおおわれ、その様子にオスカー様は少しばかり心配そうだ。


「す、すぐそこですから。本当にいい店なんです」

「あ、ああ。楽しみにしているよ」


 そう答えてはくれているが、明らかにたじろいでいる。

 変な店に連れ込もうとしていると思われていたらどうしようかと、不安になるけれど、目的地が見えてきた。


「あそこです!」

「そこ……か。た、楽しみだ」


 ティリーの店の前は少々異様ではある。様々な種類の切り花が並んでおりその上には、外灯とは別に魔法具のが大量にぶら下がっているのだ。

 店のとびらを開けると、中からティリーの声がした。


「あら、メリル! 久しぶりじゃない! いらっしゃい」

「ティリー! 久しぶり! 会えて嬉しいわ!」

「私もよ!」


 駆け寄ってきたティリーと、お|互《たがいにハグし合い、久しぶりの再会を喜ぶ。

 私のかたほどまでしかないがらなティリーは、私より年上らしいのだけれど実際にはいくつか分からない。見た目は十代なのだ。

 茶色の髪と瞳の可愛かわいらしい女の子だが、かなりのかいりきで、彼女を知る者は彼女にだけは逆らうなと口をっぱくする。


「あら、そちらの素敵な殿とのがたは誰?」


 私のことをよく分かっているティリーは冷やかしたりせずに、にこやかに微笑む。

 私は二人を引き合わせてから、席に着く。

 飲食と魔法具のはんばいねた店の中には魔法書や魔法具がたくさんかざられている。

 机の上にも魔法具のあわい灯がゆらゆらとれており、私はオスカー様に言った。


「ここでならいくら魔法具や魔法陣について語っても嫌な顔をされることがないんです! なので、出来る限りオスカー様にお伝えしますね!」


 魔法陣について誰かとおしゃべりするなんて。久しぶりだなと思うと、心が浮き立つ。

 何から話そう。そうだ、せっかくならば現物も見せたいと意気込むと、私は言った。


「オスカー様! ちょっと本を取ってきます!」

「ああ、分かった。注文はどうする?」

「あ、そ、そうですね。忘れていました。その、えっと、おすすめがおすすめです」

「ふっ……ふふ。ちょっと、ははっ。そ、そうか。うむではおすすめを頼んでおく」


 おもゆくなって小さな声ではいと返すと、オスカー様はティリーにおすすめを頼んでいる。ずかしい。

 先にティリーに私が声をかけておけばよかったと思っていると、注文を受けたティリーに肩をぽんっと叩かれた。


「さっきも言ったけれど、魔法陣について書いてある本がにゅうしているわよ」


 その言葉に私は瞳をかがやかせる。


「嬉しい! いつもありがとう!」

「ふふふ。貴女あなたが一番に読むと思ってけておいたの。あっちの|戸《と

だなに別にしてあるわ」

「ティリー大好き! 取ってくるね」

「ふふふ。ええ。もちろん私も大好きよ」


 ティリーに抱きついてから戸棚へ行くと、ティリーはオスカー様に視線を向ける。

 二人なら放っておいても大丈夫かと本に手をばしていると、ティリーの声が聞こえた。


「私とメリルは大の仲良しで、魔法陣を通じて出会ったの。貴方あなた、なかなかのたましいをお持ちね。貴方ならメリルにも相応ふさわしいわ」


 とつぜんの言葉に私はびっくりしてかえると、あせって本を持って戻った。


「ティリー! そういう関係ではないわ。貴女がそんなことを言うなんて一体どうしたの?」


 心臓がバクバクとする。いつもは変なことを言う子ではないのに、どうしたのだろうかといぶかしんでいると、オスカー様が口を開いた。


「背筋があわつ、この感じ。……さて、一体何者なのか」


 その言葉に、私は驚いた。


「さて、何者でしょうね。まあお互いにせんさくきにしましょう。すぐに料理は持ってくるわ。ごゆっくりとしていてね」


 そう言うとティリーはキッチンへと消えていく。

 私は驚きながら着席するとたずねた。


「ティリーについて、何か気づかれたのですか? 一体どうしてです?」

「あれほどのはくの女性はなかなかいないからな。あとは、王族の血、ゆえだろうか」

「なる、ほど」

「さあ、それでは魔法陣のことについて教えてくれるかい?」

「もちろんです!」


 私はティリーに教えてもらった本はあとで読もうと横に置いておき、魔法陣のことが簡単に書かれている本をオスカー様に見せながら話し始めたのであった。

 魔法陣の簡単な歴史から、魔法陣の発動条件など、様々なことを説明しながら、私は自分の魔法陣しゃえいつづりを取り出した。


「これは私がこれまで調べ研究してきた魔法陣を射影して作った魔法陣射影綴りです。すべて発動するかどうかまで確認もすんでいます。魔法陣はの形を変形させて作ったものが多いので、新たに研究する際などはこの中のどれと一番似通っているかを調べます。そうすることで成立した年代や目的などがより分かりやすくなるんです」

「魔法陣が発動するかどうかは、どのように確認をするのだ?」

「王城の魔法使い様にらいをします。……ただ、実際に魔法陣を動かすためにはかなりの魔力が必要になるのでいい顔はされませんが……」

「なるほど」


 話を聴いていたオスカー様に魔法陣射影綴りを広げてみせると、それをじっと見つめてオスカー様は小さく息をつき、大切なものをさわるように綴りを手に取った。

 次に、オスカー様は私の手へと視線を移す。

 私の手は決してれいな手ではない。

 魔法具のインクのみはあるし、指にタコも出来ている。

 そんな手を見てオスカー様は言った。


「君は……本当に努力家なのだな。この一枚を描くのに、一体何日かかったことか……この魔法陣射影綴りは、君の努力のけっしょうなのだな」


 私はその言葉に、慌てて首を横に振る。


「い、いえ。そんな。これも研究であり仕事のいっかんなので」


 仕事なので真面目にやるのは当たり前だ。そして魔法陣のことであれば、どんなことであれ楽しいのだ。


「何日かかっても、描き切った時の喜びはたまりません。魔法陣にはまるで物語のような曲線があり、そして一つ一つが美しい。魔法陣を描いていると、とても楽しいんです。たとえばこれなどは、きんが起きたことを魔法陣の中にも絵で組み込んでいるのです。それ

ばかりではありません! 魔法陣を見ればその時代背景も見えてくるのです!」


 魔法陣についてだと言葉がほとばしってくる。よどみなく話し続ける私の目の前に、ティリーが料理を置いた。


「メリル。暴走しているわよ。もう少しゆっくりじゃないと、内容について理解が出来ないわ」


 苦笑を浮かべるティリーの言葉に私はハッとする。


「ごめんなさいね。この子ったらちょっと私と同じで、魔法陣に関することはオタク全開になるのよ」

「す、すみません」


 オスカー様はがおで言った。


「いや、私は詳しく聞けて楽しい」


 その言葉に私はつい嬉しくなって声をあげた。


「そうですよね! 魔法陣って楽しいですよね! 分かります。私も魔法陣の本を探している時にティリーと出会って、それからこのお店を知って、さらに魔法陣について詳しく学ぶようになって、いくら勉強しても、研究すればするほどに新たな発見があるんです!」


 興奮して私がそう言うと、オスカー様はうなずいた。


「新たな発見というのは心がおどるものだしな。私も自分の知らない知識が増えて嬉しい」

「本当ですか! そう言っていただけると、止まらなくなりそうです」


 引かれるのではないか、そう思っていたのに、オスカー様は、くすりと笑って、とても甘い微笑みを浮かべる。

 男性からそんな甘い笑顔を向けられたことなど生まれてから一度もない私は、一瞬、固まってしまう。

 オスカー様はグラスに注がれた飲み物を一口飲むと、優しい瞳でこちらを見た。


「大丈夫だ。魔法陣について話す時の君は、とてもき活きとしていて、こちらも聞くのが楽しい」

「そ、そうですか! で、では続けます!」

「ああ」


 私はそのあともつい調子に乗ってオスカー様に様々な話をしたのだけれど、どんなことでもオスカー様は興味深そうに笑顔で聞いてくれた。

 たまにこちらをじっと見つめる瞳に、私は美しい男性と一緒に食事を共にするというのはこんなにも精神力を使うのかと、あせってしまった。

 毎回微笑まれるのが、なんともいえない感情を波立たせるのだ。

 デートとかいうものは、こういう感じなのかなぁなんてことを考えて、私は危うく変なもうそうを広げそうになり頭を振った。


「どうかしたのか?」


 心配そうにこちらを見つめるオスカー様に、妄想しそうになってすみませんと心の中で謝罪する。

 ティリーに出会って以来の気が置けない人だったので、私は結局延々と語り続けてしまったのであった。

 美味おいしい料理を食べ、魔法陣について話し、そして聞いてくれる人がいる。

 オスカー様のイケメン具合に少し心臓を持っていかれそうになったけれど、私はとても幸福な気持ちにたされた。

 お店を出るころには空に星がまたたいており、私は街の空気をゆっくりと吸い込み、深呼吸をした。

 こちらを見送るティリーが、ひらひらと手を振りながら呼びかける。


「また二人で来てね。いつでも待っているわ」


 その言葉に私はうなずき、手を振り返す。

 帰り道を歩きながら、オスカー様は言った。


「世界とは広いものだな。メリル嬢の知識には驚かされる」

「そう、ですか?」

「ああ。表面的な言葉では知っていても、知識ある者に教えてもらうとこうも見え方が違うのかと勉強になった」


 私はその言葉が嬉しくて、微笑ほほえんでしまう。

 久しぶりに自分の好きなことを全開で話したので、よかったのだろうかと心配だった。

 けれどオスカー様に気を悪くした様子はなく、感心しているように付き合ってくれた。


「ふふふ。今までティリーくらいしか聞いてくれなかったので嬉しいです」

「そうなのか?」

「はい……まあ私自身がしきからほぼ出たことがなかったというのもありますが。魔法陣射影師になりたての頃ティリーとは知り合ったんです。それからすぐに意気投合して……苦しくなった日にはティリーが話を聴いてくれて、私、何度も彼女に救われました」


 ティリーがいなかったら私は今この仕事を続けられていないかもしれない。

 だからこそ出会えたことには感謝している。

 こういう他愛たわいないおしゃべりが出来る相手がいなかったので、今こうしてオスカー様と話しているのが不思議な感じだ。

 夜になり、吹き抜けた風に思わず身を震わすと、肩に上着をかけられて私は固まる。


「少し冷えてきた。これを」


 オスカー様は自分の上着をいで私に着せてくれたのだけれど、そのあまりにも自然な動作に私は驚いた。

 この人は物語の王子様か何かなのだろうかと思ってしまう。

 本物の王子様なのだけれど。


「あ、ありがとうございます」


 そう答えるのが精いっぱいだったが、もしかしたら世の女性はこのような気づかいを日常的に受けているのであろうか。

 社交界でも常に壁の花と化していた私には分からない。

 平静を保とうとしても今自分の顔が真っ赤である自覚があった。

 今日はあまり月が明るくなくてよかったと、そう思いつつ空を見上げると満天の星が広がっていた。


「星が綺麗だな」

「はい」


 二人で空を見上げながら、静かな街を歩いていく。

 お互いの足音だけが響くその時間が、たまらなくここよかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る