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 オスカー様の後をついていき、中庭を通るわたろうを歩いているといつもよりもドレス姿の貴族令嬢が多いことに気がついた。

 美しくかざっている彼女らからはこうすいの香りがした。


「オスカー様がいらっしゃったわ!」

「はぁぁ。今日も素敵」

「本当に。どうかめていただけないかしら」


 うきうきとした声がひびいてくる。


「あら? あの後ろを歩いているのは……メイフィールド家のそこない様じゃない?」

「まあ本当に! 令嬢でありながら、王城に勤め出したというのは本当でしたのね」

「結婚出来ない女性のなんとみじめなことかしら」


 この人達は、ほまれというより恥だととらえているのだなと内心思う。

 小さな声で話をしているつもりなのだろうけれど、すべて丸聞こえだ。

 なんとも言いがたいばつの悪さに居たたまれず、早く移動したいばかりに私は足早になっていく。


「きゃっ」

「ん? ああ、すまない。歩くのがおそかっただろうか」


 急ぎ足になりすぎて、前にいたオスカー様にぶつかり、私は慌てて謝罪する。


「も、申し訳ありません」


「いや、だいじょうだ。さあ、行こうか」


 そう言うと、今度はオスカー様は私の横に並んだ。その歩調は私に合わせられており、ちらりと見上げると、オスカー様は言った。


「私は、自分の力で王城勤めの地位をかくとくし、今の仕事にいた君はらしいと思う」

 その言葉に私は、ぐっとおくみしめた。

 夢のようだった。

 魔法陣射影師としてがんるぞという気持ちで王城の門をくぐった。ここからは家にしばられることなく自分の力で生きていくのだとそう思った。

 けれど、現実は理想とはかけ離れていた。

 夢みていたのは、魔法陣に全力をそそいで働くこと。魔法陣についての知見を深め、その可能性をもっともっと広げられるように自分のありったけの時間を使い、集中したかった。

 けれど実際は、ロドリゴ様に仕事を丸投げされづかれて時間がけずられていく。

 私はそれでも自分のための時間を確保したくて日常をせいにしたのに、やればやるほど雑用を押しつけられる。

 魔法陣射影師として取り組みたい研究も作業もたくさんあるのに、出来ない。

 それが私の現実。

 令嬢達があざ笑う私の現実。

 だけれどオスカー様はそれをたった一言で認めてくれて、なんだかその一言で自分のこれまでの頑張りが少しだけむくわれたような気がした。


「ありがとうございます」


 そう返すと、オスカー様はやさしくまた微笑んだ。

 私はドキドキしながら、さすがはみんなの憧れの的であると納得したのであった。

 王国騎士団のつめしょへと案内された私達は、居合わせた騎士らと挨拶をすませていく。

 その間にオスカー様は部下らしき人達の報告を受けたり指示を出したりしている。

 いそがしそうだなと、他の方と話しながら私は内心思った。

 それから現在、『魔法信者』と呼ばれる者達があんやくしているという情報を聞いた。

 魔法信者とは、アルベリオン王国の国王には、ほう使つかいがなるべきであったと考えている集団である。

 魔法こそが正義。魔法を使う魔法使いこそが真実の王。

 そのような思想で活動している非合法組織であり、これまでも何度か王国側としょうとつし、危険視されてきた。

 そのたびに王国騎士団は集団の解散に向けて動いてきたのだけれど、未だに実は結ばない。

 王都にある地下遺跡に魔法信者達の文様と魔法陣が描かれているのが見つかった。その魔法陣が一体どういったものなのか調査に協力してほしいという。

 私はまずは現物を見てみないと分からないむねを伝えると、ロドリゴ様が割り込んだ。


「メリルはうちの部署の人間だ。こちらにもたくさん仕事があるんだが?」


 その言葉にオスカー様は眉間にしわを寄せ、そのあと静かに口にした。


「先ほど、他の者にたのんで確認してもらったのだが、先輩だとはいえロドリゴ殿とメリル嬢では業務内容がそもそも違うのではないか? 今回は国王へいきもりで、魔法陣射影師の仕事に関しては事件の解決を優先してもかまわないとの許可をいただいている。だから、支障はないはずだが」


 オスカー様の指摘に、ロドリゴ様がぎくりとした様子で顔を引きつらせ、それから視線をさまよ徨わせてから言った。


「いや、だが、書類の整理や、色々雑用ごともあるのだ!」

「書類の整理に雑用……ちなみにそれは、なんの書類で、雑用はどのような?」

「なんでそんなことを説明しなくてはならないんだ! 魔法研究部所属で、俺のほうが先輩なのだから、後輩は先輩の仕事を手伝い、言うことを聞くものだろう!」

「……つまり、魔法陣射影師としての仕事でなくても、手伝えと?」

「そ、その……私達の部署はな、あの、様々な分野が集まっているからこそ事務も色々あるのだが……」


 しどろもどろになりながらも言い返そうとするロドリゴ様に、私はそっと進言した。


「ロドリゴ様……とにかく今は、お話を聞いたほうがいいのでは」


 私の言葉に、ロドリゴ様も周りの視線が気になったのだろう。押し黙るとうなずき、私はオスカー様にうながした。


「話の続きを聞かせていただけますか?」


 今は働き方改革よりも、目の前の有事が先だ。

 他の方々も待っているのでと思い視線をオスカー様へと送ると、オスカー様が小さく息をつく。


「では、それに関してはまた。話を戻そう。現在、魔法信者達に不穏な動きが見受けられ、今回の一件もその一環と思われる。このまま放置することは出来ず、魔法陣に詳しい者が必要なのだ。そこで今回はメリル嬢に協力をしてもらう。メリル嬢、よろしく頼む」

「は、はい。分かりました」


 私がそう言うと、ロドリゴ様がまた口を開いた。


「ならば……その、この件が解決したあかつきには、魔法研究部にもその功績のいったんになったと、多少なりともほうしょうきんしい」


 なんというごうよくか。私がぎょっとしていると、オスカー様はしょうかべてうなずいた。


け合ってみよう」

「分かった。メリル。金がかかっている。はげめよ」

「はい……」


 はっきり言って、ロドリゴ様は魔法陣に関して詳しいわけではない。むしろ魔法分野ぜんぱんうといものと思われる。

 魔法陣はりょくを有していなければ発動しない。だけれども魔法陣を発動させるほど強力な魔力を有している人間はほとんどいない。

 魔法陣は魔力を大量に持つ人間がいなくなったことで、忘れ去られつつあるのだ。

 そして魔法陣が廃れていった半面、魔法具は発展していった。魔法石を使い作ることでかくてき簡単に力を使うことが出来るからである。

 その辺を棚上げしてのあまりにえらそうな態度に、私は不安になってオスカー様を見ると、軽くウインクを返された。

 きざである。

 オスカー様は私にだけ聞こえるような小声でささやいた。


「先ほどは面倒なのでああ言ったが、報奨金は魔法陣射影師の研究費として入るように手配しておく。ロドリゴ殿には、また改めて話をつけるから心配しないように」

 異性に耳打ちされた経験などない私は、心臓が痛くなった。ばくばくとする胸を押さえ、オスカー様の破壊力におののくのであった。

 そのあとも私は今回の事件の概要についてレクチャーを受けていたのだけれど、ロドリゴ様はちゅうで飽きたらしく、自分はもういいだろうと抜けてしまった。

 その際オスカー様が気をかせてくださり、研究とうに戻らず直帰してもよいとの許可をさりげなく取ってくれた。

 調査は明日早朝からとのことで、今日は解散となったのだけれど。オスカー様が切り出した。


「メリル嬢。出来れば魔法陣についてもう少し教えてもらえると助かるのだが」

「はい。もちろんです」


 私がそう答えた時、終業のかねが鳴った。

 いつもながらにその鐘の音と自分の仕事とは無関係だという気持ちでいたので、そのまま話を続けようとしたのだけれど、オスカー様に止められた。


「もう帰宅する時間だろう。もしよければ外で食事をしながら話をかせてもらえない

か? もちろん私がごちそうする」


 仕事なのだから時間外でも当たり前と思っていたのに、オスカー様の申し出におどろいてしまう。


「メリル嬢。その、返事を聞かせてもらえるとうれしいのだが」

「え? あ、は、はい! もちろんです」

「よかった」


 ふわりと嬉しそうに微笑むものだから、私はまた少しだけドキッとした。

 男性へのたいせいがほとんどないので、これはいけないと自分を引きしめ、食事をしながらということだったので、私はそうだ、と一けんの店を提案する。友達が切り盛りしている、魔法具や魔法陣の話をしても周りの目が気にならないいい店だ。


「私の知っているお店でもよいですか?」

「ああ。もちろん」


 オスカー様のかいだくに、私は久しぶりにゆっくりと友達ティリーのお店へと足を向けることにしたのであった。

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