第二章 魔法信者

2-1


 おなかがぐぅぅと音を立て、朝のはだざむさに私は目が覚めた。


「お腹すいた……」


 かくせいしたしゅんかんにこんなにも空腹を感じることがあるだろうか。うめき声をあげながらじろぐと、自分がている場所をかくにんして首をかしげる。


「あれ? 私どこで寝た? え? えーっと」


 そう考えていくうちに、少しずつ意識がはっきりとし始め、私は飛び起きると部屋を見回した。


「え? え? も、もふちゃん!? もふちゃん!」


 そうさけぶけれども姿はなく、私はあわてて、もふちゃんを捜す。けれど、机の下にも、せんたくものの山の中にも見当たらず、ハッとして窓を確認するが、どこも開いていない。


「ど、どうして? え? でもかぎもかかっているし……え? え? あー……もしかして、夢? 私、もふもふでやされたいからって夢見てた?」


 私は頭をきながら、夢を見たのだと思い、そしてやけにリアルだったなぁと幸せな夢に感謝した。

 夢じゃなければよかったのにとつぶやきながら、時計を見て、青ざめる。


「あ、あ、あ……やらなきゃいけなかった仕事終わってない。けど、もう行かなきゃ。でもお……お腹も……ふぇ……」


 時間が毎日足りなさすぎる。

 私はどうしたらいいのだろうかと、パニックになりながらほうでお風呂をかし、机の上にあった少しぱさぱさになったパンをかじりながら仕事に着手する。


 それからいっしゅんで入浴すると脱衣所に出て、髪の毛を魔法具で必死にかわかして三つ編みに結び、眼鏡めがねをかけて残りの仕事を急いで終わらせていく。

 こういう時だけ、職場が近くにあってよかったと思う。

 走れば三分のきょが、今はありがたい。


「おはようございます」


 どうにか始業時間にすべり込めたと思っていると、いつもは少しこくしてやってくるロドリゴ様がすでにいた。

 しまったと私は顔をゆがめる。


「ああ~いいご身分だなぁ。昨日は俺にめいわくをかけ、次の日は遅刻かぁ

!?」


 朝からやらかしてしまったと心の中でげんなりしていると、ロドリゴ様はいつものように机をたたく。


「お、おはようございます。その、ぎりぎり間に合っていますが……」


 そう伝えると、ロドリゴ様はまた机を叩く。


「お前がまず言うべきは、申し訳ございませんでした! だろう! 昨日は俺に迷惑をかけて申し訳ございました! そして今日は遅刻して申し訳ございません! だろうが!」


 いらたしげに吐き散らされ、私は身をこわらせて、頭を下げた。


「も、申し訳ございませんでした……」

「はぁ~いやになる。お前、心がこもっていないんだよ」


 しょっぱなでげんそこねてしまったことに心の中でため息をつきながら、いつになったらこのロドリゴ様のなんくせは終わるのだろうかと思う。

 こんなことを考えてしまう自分は性格が悪いのだろうか。

 高圧的で、早く仕事を終わらせろと言うのに、ねちねちと。

 けれどそれがおかしいと見ている人達はだれも言わないし、ということはやはり私の感性がちがうのだろうか。

 私がもっと仕事が出来て、私がもっとうまく立ち回ればいいのだろうか。

 小一時間ほど付き合わされたのち、どうにか仕事を決められた時間までに片付けていく。

 朝はパン一つだったから、お昼になればお腹がすくはずなのに、昼休みになり食堂に行って、目の前にサンドイッチが並べられてもやる気はおろか食欲さえせてしまった。

 私、なんのためにここにいるのだろう。

 そう思いながら、サンドイッチをどうにか口にめ込む。

 味はしなかった。ただただ、口の中に入れたものを水で流し込むように食べた。

 重い足取りで席にもどると、机の上のほうじんを見つめる。

 私がやりたかったことは。

 そう思っていた時、周囲がざわつき、一体なんだろうかと顔を上げるとこの部屋には似つかわしくない、高身長でたくましい男性が入り口に立っていた。

 しろがねいろの髪と青いひとみは、昨日の夢で見たもふちゃんにそっくりで、私はドキリとする。

 もふちゃん。夢でいいからもう一度会いたい。

 そんなことを考えていると、その男性は私の方へ向かって歩いてくるので、こちら側に何かあったかなと首を傾げると、美しいその人が、私を見つめた。


「魔法陣しゃえいのメリル・メイフィールドじょうだろうか。私は王立だん第二部隊隊長オスカー・ロード・アルベリオンという。今回、そう協力をお願いしたいのだ」


 どこかで聞いたことのある名前だと思い、私はアルベリオンとついたことで、目の前の人が、女性のあこがれとうわさされるアルベリオン王国第二王子殿でんであることに気がついた。

 昔、とうかいに参加するたびにれいじょう達がオスカー様と一度でもいいからおどってみたいと夢を語る姿を見たことがあった。

 当時はまだ第一王子殿下だったルードヴィッヒ様はすでにご結婚されていたこともあり、彼女らの熱い視線は婚約者のいなかったオスカー様に注がれたのだ。

 そしていまだにひとだからこそ、あきらめがつかずにいる令嬢達も多いとか。

 ざわめきの理由はこの人かと思い、なるほどとなっとくする。

 白銀色の髪はまるで雪のように美しく、そしてその青い瞳は青空よりもんでいる。男性だけの職場とはいえ、騒ぎにもなるだろう。

 けれど納得はしても何故なぜ自分の名前が呼ばれたのかは理解が追いつかない。


「だ、第二王子殿下にごあいさつ申し上げます! はひ! 私が、メリル・メイフィールドでございます!」


 がたんと立ち上がって私がそう言うと、何故かオスカー様は微笑ほほえみを私に向けたのであった。

 王子様の微笑みのかいりょくを、私はその日初めて知った。

 オスカー様が私に話しかけるのをぼうぜんと見ていたロドリゴ様は、慌てた様子で私とオスカー様との間に割って入った。


「王立騎士団のオスカー殿下が、どうしてメリル嬢に?」


 いきなり割って入ってきたロドリゴ様に、オスカー様は一瞬けんにしわを寄せたが、すぐにおだやかな口調で答えた。


「今朝がた魔法信者がえがいたと思われるあやしい魔法陣が発見されたのだ。ついては魔法陣にくわしい人物に調査に協力をしてもらうのはどうかと案が出たため、今日はこうして出向いてきた」

「そういうことなら、まずは俺に話を通すべきだろう!」


 オスカー様にも通常通りにり声をあげるロドリゴ様。周りはひやひやして見ているが、オスカー様はあくまでも冷静な口調で返した。


「ふむ。確かに部署的には同じようだが……魔法陣射影師は一人だと聞く。失礼だが、殿でんの立場は……?」


 ロドリゴ様はその言葉に顔を真っ赤にするとだんみながら答えた。


「俺はこの部署では一番長く仕事をしているせんぱいだ! 彼女が行くならば俺も行くのが当然だろう!」

 

 その言葉にオスカー様は目を細め、どこか納得はしていない様子だけれど話を続けた。


「ではロドリゴ殿にも参加していただこう。彼女の先輩というのであれば、いっしょに来てほしい」

「あぁ。それが筋だろう」

「では、同行してくれ」

「あ? 今すぐ?」


 今すぐにとはロドリゴ様も思っていなかったのだろう。だけれどこの流れでは後に引けず、ふんと鼻息も荒くうなずいた。


「分かった。まあ、こうはいが行くのだから仕方があるまい」

「助かる。では、現在のじょうきょうについて資料をまとめてあるので読んでほしい。ここからは機密情報も共有していくので、場所を変えよう」

「承知した」

「は、はい」


私とロドリゴ様はオスカー様に連れられて別室へと向かうために歩き始める。

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