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*****



 夜が深まり、間もなく明け方となる時刻。

 白い獣は本来の姿を取り戻し始める。青白い光に包まれ、もふもふの体は、たくましくきたえ上げられた人の体へと変わり、しろがねいろの髪と美しい空色の瞳の男性が現れた。

 だんの制服を身にまとった彼は、大きく息をつく。


「やっと、戻ったか……はぁ」


 先ほどまで小さくなっていたからか、筋肉が凝り固まっているような気がして、軽く体を動かした。

 それから、どろのように眠るメリルへと視線を向け、小さくため息をつく。


「拾いかくまってもらい助かった。あのまま外で巡回の騎士に見つかれば、あやしいとつかまえられていたかもしれないからな……だが、女性の部屋に不法しんにゅうしているかのようなこの状況……くっ。申し訳ない」


とにかく一度引きげようと思うけれど、机に突っ伏して眠っているメリルをそのままにしておくわけにもいかず、寝室へと運ぼうと考えた。

 だがしかし、奥の部屋が現在物だらけだと先ほど見ているので知っていた。

 おそらく奥にベッドがあると思われるが、その上にも色々な物がのっていることが推測出来る。

 自分のために、急いで片づけてくれたのが申し訳なくて小さく息をつくと、床に先ほど敷いてくれたふわふわのタオルケットを広げる。その上にメリルをいざ抱き上げて寝かせようとして驚いた。


「ちゃんとした食事をとれていないのか……? こんなに軽くて大丈夫だろうか」


 そっと横たえる時、目の下にも隈が出来ているのに気づき、さらに心配になる。


「……自分も疲れているというのに、いっしょうけんめいもてなしてくれて……優しい女性だな……あんなに私が来たことを喜んでくれたのに、いなくなっていたら落ち込んでしまうだろうか……」


 あまりにもうれしそうに世話を焼いてくれていた姿を思い出し、申し訳なさを感じるけれど、だからといってこの場に残るわけにはいかない。

 残れば明らかなしんしゃである。


「ありがとう。いずれ礼をしにくる……」


 すやすやといきを立てるメリルをしばらく見つめたあと、すみやかに帰らなければと気がくが、名乗らないのも失礼かもしれないと、姿勢を正す。眠っているメリルに向かって告げた。


「アルベリオン王国第二王子オスカー・ロード・アルベリオン、王国騎士団に所属している。いずれこの恩は返す。本当にありがとう」


 もちろん聞こえてはいないだろう。だけれど、どうか、覚えていてくれたらいいのにと、なんとなくそうオスカーは思う。

 そして、人に気づかれないように外へと出ると、持っていた魔法具を使ってメリルの部屋のかぎをかけ、静かにその場を去ったのであった。

 一転してオスカーは急ぎ足で王城の渡り廊下を歩いていく。

 彼女が住んでいるエリアさえければ、あとは安心出来るのでオスカーはほっと息をついた。

 ここまで来ればもう大丈夫。

 自室へと入ったオスカーはじゅうにお茶をたのみ、騎士団の服をぐ。シャツとズボンにえると、ソファに座って体の力を抜いた。

 運ばれた紅茶を一口飲むとほっとする。

 アルベリオン王国の祖はじゅうじんであると言われている。

 それは国民の知るところでもあり、建国神話としてかたがれている。

もっとも伝承は事実であるため、先祖返りを果たす者がたまに現れるのだけれど、それは王族だけの秘密とされてきた。

 基本的に王位はちょうけいが引き継いできたのだが、かつてじゅうした弟を正統な王なのではないかと主張する貴族の中から持ち上げる者が出たのだ。

 その時に国を二分するほどの争いが起き、それ以来、獣化出来たとしても公表されることはなくなった。

 オスカーは祖の血をいろく継いだ先祖返りで、獣の姿へと変身するようになってしまったのである。

 幼い頃からというわけではなく、その血が目覚めたのは半年ほど前なのだが、未だ力をせいぎょすることが出来ずにいた。

 たいていの場合は深夜の二時から明け方とに、三時間程度姿が変わるだけなのだが、たまに体調をくずしたりをした時なども変身してしまうことがあり、そうした時には、大人しく部屋でりょうようすることにしていた。

 今日は騎士団の仕事でかなりおそくなってしまい、帰るちゅうで獣化してしまったのである。

 王城内に動物が入ることは基本的にない。そのため、もし他者に見つかってしまえば、捕まり城下へと放り出される危険もあった。

 なのでメリルが一時的に保護してくれたのはとてもありがたいことであった。


「はぁ……。申し訳ないことをしてしまった」


 こうりょくとはいえ、女性の部屋に無断で入室し、その上食事をただでごちそうになるなど、王子としては初めての経験であった。


「どうにか、メリル嬢にお礼をしなければ……このままでは、男として情けない」


 女性とはうやまい、エスコートするものである。それなのにもかかわらず、抱っこして運ばれたあげく、食事まで振る舞ってもらったのだ。

 このままでは男がすたる。

 オスカーはどうにかメリルと知り合う機会はないだろうかと頭を悩ませながら、異様に自分が彼女のことばかり考えていることに気がついた。

 出会った瞬間から、そわそわするような不思議な感覚があり、これは一体なんなのだろうかと胸に手を当てる。

 その時、ノックの音が聞こえオスカーが返事をすると、部屋に国王であり兄であるルードヴィヒが入ってきた。

 めいにどうしたのだろうかと思っていると、ルードヴィッヒはオスカーのいるソファーの向かい側に座る。


「お前が朝まで帰ってこない日は私にもれんらくが来るようになっているんだ」


 ルードヴィッヒの言葉にオスカーは顔を少しゆがめた。


「やめろよ。いつの間に兄上にそんな報告がいくことになったんだよ」

「仕方がないだろう。それで、今日はどうだったんだ?」


 ルードヴィッヒの質問に、オスカーは大きくため息をつくとメリルのことを話した。


「研究棟から出てきたメリル・メイフィールド嬢に拾われて、一晩世話になったのだ」


 その言葉にルードヴィッヒは眉間にしわを寄せると、足を組み直す。


「今回は無事にすんだが、何があるか分からない。真夜中には必ず部屋にいるようにしてくれ。私も気が気ではない」


 自分を案じるその言葉にオスカーはうなずくと、うなれた。


「もしや、捜していてくれたか?」

「ああ。まあろうでよかった」

「申し訳ない……」


 オスカーに、ルードヴィッヒはしょうを浮かべると、首を横に振った。


「大丈夫だ、気にするな」

「今後はちょうする」

「ははは。まあまた突然獣化してしまった時には、メリル嬢のところに遊びにいけばいいじゃないか」


 じょうだんなのか本気なのか分からない口調でそう言われ、オスカーは顔を引きつらせる。


「兄上、ご冗談を」

「冗談になるといいのだがな。いいか。今後絶対に深夜二時までに部屋に帰るように。いいな。そしてもし戻れない時には、メリル嬢の宿舎をなんじょにしてもらえ」


 オスカーは頭を掻きながらなんとも答えられずにいた。

 メリルを巻き込むわけにはいかない。ただし、もふもふ姿の自分を愛おしそうに抱きしめたり撫でたりする彼女の姿を思い浮かべ、オスカーは、また会いにいきたいななんてことも考えてしまう。

 また胸のあたりがそわそわする。


「どうした?」

「いや……メリル嬢に出会ってから、なんだか、この辺がむずむずするような、変な感覚があるのだ」

 

 その言葉に、ピクリとルードヴィッヒのまゆが上がる。

 何か言いたげだけれど、言うべきか迷っている様子の兄に、オスカーは首を傾げる。


「兄上?」

「いや……とにかく、無事でよかった」

「何か、気になることでも?」


 たずねられたルードヴィッヒは、少し考えてからぽつりと語る。


「……昔、ていおう教育で獣化すると自分の運命の相手はすぐ分かるとかなんとか……おとぎ話みたいなことを学んだなぁと……ふと思い出してな。いや、まさかな」


 その言葉に、オスカーは笑う。


「何を言っているんだ。そんな……まさか」


 二人は笑い合い、ルードヴィッヒは立ち上がる。


「まあ……何か進展があればまた教えてくれ。さて、私も戻ろう」

「心配をかけてすまない」


 オスカーの獣化は現在最重要機密となっている。

 事情を知る人物は出来るだけ少ないほうがいいだろうと判断され、オスカーはさっきゅうに能力の制御を求められ、特訓中だ。

 ただしなかなかうまくはいっていなかった。

 これではいけない。

 焦るばかりではかどらず、オスカーは試行さく中なのである。


「とにかく、無理はしないようにな」

「兄上、本当にありがとう」

「ああ。ではな」


 ルードヴィッヒが部屋を出ていく。オスカーはその背を見送ったあと、大きくため息をついてからベッドの上に倒れ込んだ。

 とにかく一度仮眠を取ってから、騎士団へと出勤しなければならないだろう。


「……メリル嬢は大丈夫だろうか」


 またメリルのことを考えてしまったオスカーは、運命の相手という言葉を思いながらまぶたを閉じる。

 体が疲れているのだろう。オスカーはすぐに意識を手放したのであった。

 その数時間後、王国にとってきょうとなりる地下組織、『魔法信者』による魔法陣が発見された。

 知らせを受けけつけた現場でその魔法陣を目にした瞬間、オスカーの頭に魔法陣について嬉しそうに語るメリルと、メリルの大切にしていた魔法陣綴りのことが浮かんだ。

 まさかメリルに仕事の協力ようせいをしにいくとは思ってもいなかったオスカーである。

 二人の運命はカチリと動き出した。

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